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「ふぅん……。具現化系異能者か。ならS級である事に間違いはないみたいだねアンタ」
時雨は熾震の力に対しての能力分析を施す。
どうやら具現化系異能は、S級以上のエリミネーターしか持ち得ない異能である事が伺える。
「まあ臨界突破してるんだから当然か……」
それにしても時雨の態度だ。
日本刀を構えている相手に対して、彼は余りにも丸腰で無防備。
それ処か、両手をジーンズのポケットに突っ込んだままの有り体。
余程自信が有るのか?
仮にもSS級に位置する者。
幸人と同等と思われる存在。
そして未だに、その真価を見せてもいない不気味さ。
「…………」
熾震は時雨の出方を伺っているのか、構えたまま微動だにしない。
それは動かないのか、もしかしたら――
“動けない?”
既に先程の多重警告音は止まっている。
室内に再び静寂が訪れていた。
「――おっと、忘れるとこだった」
その静寂を陽気に破ったのは、やはりというか時雨本人。
左手をポケットから取り出し、何やら左手首に巻かれた“あるモノ”を凝視している。
それは何の変哲も無い腕時計。
時雨のその行動の意図に気付いた何名かのエリミネーターが、同じく左腕を確認しだしていた。
皆同様の腕時計をしている。
それは偶然か必然か、液晶型まで同じ。
「――っ!!」
その液晶を見た先程の何名かの表情に、驚愕に近い動揺が走る――
――――――――――――――
※裏コード~臨界突破
※モード:エクストリーム
対象level 105.98%
※危険度判定 S
――――――――――――――
その液晶画面の数値を見た数名から、固唾を呑む音が聞こえた。
それは『まさかこれ程とは!?』を表現しているのかの様な振る舞い。
臨界突破。そして『レベル105』という数値が意味するもの――
“生体測定機サーモ 最新型α(アルファ)”
クレイティル創始者であり、狂座の中核を担う管理部門、その統括であるコードネーム『霸屡』が開発した、狂座専用液晶型生体機具。
見た目は一般的な腕時計なので、カモフラージュにも最適な上、現在の科学技術では不可能な機能を多岐に渡り搭載。
その中でも人の持つ総合戦闘能力を、数値で現せる機能がその代表だ。
“レベル臨界突破”
全ての生体には人の持つ精神と魂の法、相克という絶対不可侵の定理、即ち強さの“上限”が、数値でレベル99.99%までと定められている。
人として、これ以上の上限は存在しない。
だが人を超えた時、この0.1%の壁が崩れた時に起きるのが、レベル臨界突破という現象だ。
この突破を機械が感知した時、通常コードから裏コードを経由し、モード反転する事によって、ようやく臨界突破レベルを計測可能となる。
※過去の試作実験では、通常のまま上限を超えると、装置爆発等の不慮が相次いだ為、現在の最新型に到る。
臨界突破を果たした者は超越者、または“人を超えし者”と称され、その戦闘能力は人知を超え人に非ず。
狂座執行部門最高位階、S級エリミネーターへ昇格の必須条件が臨界突破、つまりは人を超えた者のみ。
この0.1%の壁を超える事は至難だ。A級エリミネーターまで到達した者の多くはこの壁を超えれず、万年A級止まりで燻っているのが殆どである。
ランクS依頼完遂を境に、そのタガが外れる事も有るとされているが定かではない。
臨界突破のメカニズムは持って生まれた資質、先天的な何かが関与している、との一説も有る。
「へぇ……臨界突破レベル、約『105%』か。凄いね」
時雨が熾震に向けた敬意の言葉。
しかし何処か言葉とは裏腹に口調は――
“嘲笑っている?”
「でもやっぱ“キリ”だな」
次の瞬間、やはり侮辱だった意味を、時雨が口に乗せた刹那――
“カチッ”
『!!!!!!』
室内の空気が一瞬、破裂したかの様な振動を感じた。
まるで風が吹き抜ける感覚。
何か起きた事は間違いないが、熾震も時雨も御互い微動だにしていない。
ただ何かぶつかり合う様な金属音が、僅かに聞こえた様な気が。
「速いな……見えなかったよ」
突如発せられた時雨の言葉の意味が分からない。
「……今のはほんの戯れの一撃よ。だが次はそうはいかん。次は……十六に分断する」
それに続く熾震の言葉で、ようやく状況が理解出来た。
何時の間にか時雨の左頬に、鋭利な刃物で斬られた様な、一筋の切痕があったのだから。
そして紅い滴が頬を伝う。
熾震が刀を抜いて、時雨に斬り掛かっていたのは間違いない。
だが果たして、それを確認出来たのは何人居たのか。
誰もが唖然としていたのは、見えなかった何よりの証。
「何時抜いたんだ? オレの目にも見えなかったぞ……」
呟いたのはジュウベエだ。
ジュウベエは片眼で有りながらも、その視神経は人間の比では無い。
「オイ幸人、さっきのは何だ? お前なら分かるだろ?」
そんな猫の目にも映らなかった現象に説明を求めていた。
SS級で在り、武術にも精通している彼なら――
「……あれは居合いに於ける極意の一つ、“抜の抜(ばつのばつ)”」
「抜の抜? 何だそりゃ?」
「居合いとは本来、不意打ち用であって、実戦向きの剣術じゃ無い初見のみの技だ」
ジュウベエの疑問の前に、まず居合いとは何なのかを語り始める幸人。
居合いとは鞘走りによって刀速を上げるのみならず、納刀状態からの不意打ちが主な用途だ。
抜いてしまえば終わり。後は抜身での状態となる。避けられた時の隙も多大。
だが居合いを極めた時――
「一発芸って事か……。だが抜いた様子は無かったぞ?」
それは回避も隙も不可の、最強の実戦剣術となる。
「居合いとは納刀から抜刀、これで一拍子だ。そして再度納刀で二拍子」
「んっ?」
ジュウベエはまだ理解出来ない。
つまり居合いのみを技として組み込んだ場合、抜くと納めるの二つの動作になる。
考えてみれば、その動作の隙は絶大だ。
絵にはなっても、納刀の瞬間を狙われるのがオチだろう。
「抜の抜とはその一連の動作を、無拍子で行う技術の総称。まあ実際には抜いてるんだから、正確には無拍子に見えると云った表現が正しいな」
「つまり……それ程のスピード、て事か?」
そう、ようやく理解が出来た。
熾震はあの刹那の刻の間で、誰の目にも映らない速度の動作を行っていたのだ。
「時雨は未だに舐めてかかっているが、今の油断した状態のままじゃ瞬殺されかねないな……」
幸人の判断するそれは、熾震の有利と時雨の不利を意味するのか?
もしS級がSS級を倒した場合――
超越者同士だから有り得ない話では無い。
だが幸人はあくまで“今の油断したままの状態”。その事を強調していたのを、ジュウベエも気付いていた。
そしてまだ時雨は、その真価を見せていない事を――。
「先程の失言を取消せば……刀を納めるが、どうする?」
熾震のそれは最終通告の顕れ。
どう見ても時雨が悪いのだが、熾震は非礼を侘びれば、この場は納めるという意味だ。
「あ? 何を勘違いして上から目線なんだか。それに……」
しかし時雨にそんな気は毛頭無いようだ。
「貴様……」
熾震の双眸に宿る、より一層の怒り。
「俺をその気にさせるとアンタ、楽には死ねないよ?」
時雨は人の怒りを囃し立てる、ある意味天才かも知れない。
今にも斬り掛からん殺気を前にし、時雨は未だに両手をポケットに突っ込んでいるのは余裕そのもの。
「御二人方……。エリミネーター同士の殺し合いは禁止事項ですよ」
もはや激突が避けられない雰囲気の中、腰掛けたままの琉月が口を開く。
口出しするのも憚られるが、仲介人として二人を止めない訳にはいかない。
「止めないで頂きたい。この者……SS級に相応しくない」
「殺し合いだなんて心外だな琉月ちゃん。これは俺の一方的な戯れだよ」
次の瞬間――
「死ね」
熾震の殺意を皮切りに、二人がほぼ同時に動く。
『始まった!』
止める暇も無かった。
時雨はようやく両手をポケットから取り出し、口角を吊り上げて前進。
「アンタがね」
その気になったのか、陽気だが悪魔的な笑みで――
“抜の抜”
迎え撃つ熾震の居合いに対して、時雨は丸腰のままだ。
“一瞬即連斬”
その刀の鯉口から、一瞬だけ煌めく波紋の輝き――
“イレイザーズ エッジ”
抜の抜の連結抜刀。
瞬時に繰り返される、この刹那の剣閃を――
『――っ!!』
反応出来る者等いない――