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竹林の夜は、いつもよりざわめいていた。風が葉を揺らす音に混じって、低く湿った囁きが響く。藤原妹紅は焚き火の炎を強め、周囲を見渡した。炎の光が竹の影を長く伸ばし、闇の奥に何かが潜んでいるように見えた。
「……聞こえるか?」
妹紅の問いに、白影は静かに頷いた。白と黒の瞳が闇を探る。彼の耳にも、確かに声が届いていた。人の言葉のようでありながら、意味を持たぬ囁き。竹林そのものが呻いているようだった。
「この竹林は、迷い人を呑み込む。だが、今夜はいつもと違う」
妹紅は炎を掌に宿し、周囲を照らす。竹の間に揺れる影が、形を持たぬまま蠢いていた。白影は焚き火から立ち上がり、妹紅の隣に歩み寄る。
「僕は記憶を持たない。だが、この声には覚えがある気がする。遠い昔、夢の中で聞いたような……」
妹紅は眉をひそめた。白影の存在は、竹林の異変と何か関わりがあるのかもしれない。だが彼自身もそれを知らない。
囁きは次第に強まり、竹林全体がざわめきに包まれる。妹紅は炎を高く掲げ、声に向かって叫んだ。
「ここは私の居場所だ! 勝手に踏み込むな!」
炎が爆ぜ、竹林を赤く染める。その光に照らされて、影のような形が一瞬浮かび上がった。人の姿に似ているが、輪郭は曖昧で、すぐに闇へと溶けていった。
白影はその光景を見つめ、低く呟いた。
「……影…僕の?」
妹紅は彼を振り返る。白影の瞳は揺れていた。彼の存在そのものが、竹林の囁きを呼び起こしているのかもしれない。
「なら、お前は…ここにいろ 私の炎の隣で…」
妹紅の言葉に、白影は静かに頷いた。二人の間に焚き火が燃え続ける。炎と影が寄り添い、竹林の囁きに抗うように。
夜は深まり、声はやがて遠ざかっていった。竹林は再び静けさを取り戻す。だが妹紅は知っていた。これは始まりにすぎない。白影の存在が、彼女の孤独を揺さぶり、竹林そのものを変え始めていることを。