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スパイキー・スパイク 〜 サーカス団 内部にて 〜
体のあちこちがとても痛い、寒い。震えが止まらない。
僕たちは、かけられている布団を頭まで被り、身じろいだ。
「お、意識を取り戻したか。」
布団の向こうで聞こえた男性の声。もう聞き慣れた声なので誰なのかすぐにわかった。クロウだ。
「起きろ、スパイキー・スパイク。主に何が起きたのか説明してもらうぞ。」
嘴で僕たちの体を突っついてくるクロウ。僕たちは彼の嘴(くちばし)から逃れるように布団を更に深く被った。
君の嘴は地味に痛いからやめてほしい。
「シモドリを拾ってきたのはお前だろう。今後どうするのか決めるからさっさと起きろ!」
クロウは僕たちの布団を剥ぎ取った。布団のぬくもりが消え去ると猛烈な寒さに身震いし、薄れていた意識がはっきりした。
「さむーい! ちょっとなにすんのさ! なにすんのさ!」
「お前が拾ってきたシモドリをどうするのか話し合うって言っただろう! お前がいなければ話が進まん!」
クロウがベッドからぴょんと飛び降りるとリビングのほうへ跳ねていってしまった。僕たちもその後を追いかけると、リビングにはハッター以外の団のメンバーがテーブルを囲むように僕たちを待っていた。
「揃ったな、早速会議を始めようか。」
クロウが冷凍ケースをテーブルに置いて、中を開けると僕たちが見つけてきたシモドリが中にいた。シモドリはケースの真ん中で氷の結晶を生成し鎮座していた。怯えているのだろうか、少し警戒しているように見えた。
「シモドリ、とは一体なんですの?」
シモドリを見て、最初に口を開いたのは黒いドレスを身に纏い、顔を覆っているレースには黄金色の目玉が一つついている手のひらサイズの人形の魔物、<メイド>が長い裾を口に当てて、クロウに問いかけた。
「私が知る限りでは、ここ白幻の森のような寒帯にしか生息していない霜の魔物、としか聞いたことがない。だが、こいつは見た目は我らよりも小さいが、主がご帰宅なされた時のように人間を簡単に凍らせるほどの力を持っているようだ。」
「確かに、ご主人様がご帰宅なされた時は流石に驚きましたわ。」
特殊な冷凍ケースによって今はなんとか生きながらえているシモドリを全員が覗き込む。こんなに小さい体をしているのに周りから危険視されているなんて。
胸の奥がきゅっと締まるような感覚がした。
「スパイキー・スパイク。何故シモドリを我が団に連れてきたんだ。」
「あ、うん。この子、怪我してたんだよ。あのまま放って置いたらツリーテイルに食べられてたかもしれないし。」
僕たちがしょんぼりしていると、直ぐ側でそよ風が優しく吹いた。背中にシモドリほどではないがひんやりした感触がしたので驚いて横を見た。霊体と呼ばれる体を持ち、つばのついた青いとんがり帽子とマフラーを巻いている風の精霊、<レイス>がいた。
彼は、僕たちを慰めるように背中の次は頭を撫でてくれた。
「…スパイキー達が誰よりも優しいのは、皆知っているよ。でも、団長の命令は絶対だ。それは、わかるね?」
「…。」
「この通り、このシモドリは寒い場所でしか生きられない…。僕達のように常にどこへでも行けるわけじゃなんだ。」
レイスの言う事にクロウはうんうんと頷いている。
「でも、このまま野に放つほど僕らは最低じゃないよ。この子は君が責任を持ってお世話をして元いた場所に返すんだ。」
レイスの言葉にクロウは「は!?」と驚きの他に怒りも感じる声を出した。レイスはどんな時も常に冷静に物事を判断して団の皆をただし道へと導く役割、つまりはお兄さんのような存在なのだが、まさかクロウとは違う考えを持っているなんて思ってもいなかった。
「レイス! 我が主のあの状態を見ていなかったのか!? そいつは危険なんだぞ!?」
「…うん、見てたよ。けど、ここまで帰って来るまでにこのシモドリを振り払うことぐらいはできたはずだろ? それをしなかったってことは、そういうことさ…。」
クロウは眉間に皺を寄せ、沸騰したやかんのようにプルプル震えだすと力を抜いて大きなため息をついた。
「…わかった、そういうことなら好きにしろ。ただし! 我らに迷惑をかけるんじゃないぞ!」
「うん! わかってるよ!」
僕らはびしっと向けられたクロウの翼にべーっと舌を出し、冷凍ケースを持って部屋に戻った。早速、傷の手当をしなくちゃ。
「大丈夫、僕たちが助けてあげるからね?」
冷凍ケースの中にいるシモドリは、自分に危害が加えられることがないとわかるとケースの中でぐっすりと眠りについたのだった。
クロウ 〜 サーカス団 内部にて 〜
スパイキー達が冷凍ケースを持って部屋に向かったのと同時に入れ違いで梟のエヴァンが入ってきた。
「あら、会議はもう終わったの?」
「ああ、あのシモドリはスパイキー達が一時的に世話をする、ということになった。」
エヴァンは「ふーん。」と興味なさげに返事をすると、テーブルに優雅に着地した。何故、こんなにも興味がないのかというと彼女は未来予知ですでに結果は視えていたからだろう。
「それで? 団長には伝えたの?」
レイスがエヴァンに紅茶を持ってくると、エヴァンはそれを一口飲み始めた。
「伝えたわ。そしたら、サラマンダーと一緒に寝たわよ。あの人も色々わかってはいるみたいだけど。」
「…ふむ、ツリーテイルがこんな人里付近の森の中にいることも気になるかな…。」
レイスはふよふよと本棚に向かって飛ぶと、エーヴェルのお気に入りの魔物図鑑を引っ張り出した。どさっとテーブルの上に置くとそよ風でツリーテイルのページを開いた。
「我が主が見かけたのは一匹。そして、目撃されたのはここか数キロの地点…。」
「…そう。この地点はよく陽が当たるから、ツリーテイルが住み着くには向かない場所のはずなんだけど…。」
私は、ツリーテイルの特徴と生態の書かれた文を読んでいくと新たな疑問が浮かんだ。
「やつらは群れで生活をしている。のに、現れたのは一匹?」
「おや、クロウ。君も気付いたかい?」
「…やつらの<女王>は何をしている?」
レイスに視線を向けると、レイスもこちらを見ていた。どうやら、我々の知らないところで何かが起こっているらしい。
遠くで不吉な予感を運んでくる積乱雲が雷を纏ってゆっくりとこちらに近づいて来るのが音でわかった。
「…荒れるわね。」
紅茶を飲み終わったエヴァンがそういうと風も強くなってきた。もうじき雨が振る。なにか良からぬ不安を引き連れて。