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魔女に限らず魔法使いが作る薬は、それぞれの師から受け継がれた製法に基づく。使用する薬草の種類やその配合は伝承され、他者には秘匿とされているのだが……。
「まぁ、あの薬草でそんな効果が?! 今度、試してみるわね。良い情報をありがとう」
「こちらこそ、使っておられる道具を見学させていただいて、とても参考になりました」
「ルーシーはどんな道具を使っているの?」
「粉砕用の壺はこちらよりももっと口の広い物を使っているんですが、口は小さい方が粉も散らばりにくくて良さそうですね」
「その代わり、小さいと袋からドバっと入れられないのよね」
森の魔女と村の魔女は製薬談義に花を咲かせていた。古からのしきたりなど、まるで無かったかのように。
三人が向かい合うソファーテーブルに乗せられているのは勿論、魔力疲労に効く薬草茶。魔力を持たない者には理解し難いが、彼女らのような魔力持ちには心身ともに沁みる味だ。
作業部屋で粉末化の練習を何度かして疲れたのだろう、村の魔女ルーシーは淹れたての薬草茶を一口飲むと、ほぅと息を漏らした。来た時とは違って人見知りと緊張は解けたようで、その表情は明るい。
薬の粉末化に成功した後、ルーシーは館の作業部屋を隅から隅まで見て回っていた。ベルが使っている薬草の種類や、道具などに事細かく質問をし、森の魔女もそれには隠すことなく答えていた。
「今回のお手紙をいただいて、本当に驚きました。うちの先代から製法は決して外に漏らすなと教えられていたので」
領内外でも評判になっている粉薬の製法が書かれた手紙が届いた時には、ただの悪戯かと思った。例えお金を積んでも知り得ないだろうと思っていた方法を、聞く前から知らされたのだから。
「大した方法じゃないから、その内に誰でも思いつくことよ。でも、それを待っている時間が惜しいわ」
うちだけで粉薬を作るのは大変なのよ、疲れたから一緒に作って――要約すると、こういうことだった。他の魔法使いも粉末化できるようになれば、納品に追われる日々はマシになるはず。
他の薬店でも粉薬が販売されるようになれば、街の薬店の行列も無くなるだろうし、ベルにとっては願ったり叶ったりだ。残念がるのは薬店の若き店主くらいだろう。
「今後、薬の製法は領内に限って、公開しようと思うの」
「え? 大丈夫なんですか?」
隣に座っている葉月が、ベルの顔を目を丸くして見た。薬店でも一番売れているベルの薬の作り方や材料が分かれば、間違いなく他の人達も真似して作り始めるだろう。それで良いのか、と。
「ええ、隠しているから、いつまでも進歩しないのよ」
伝承に従うことは大切だが、ただ守り続けているだけなら、さらなる進化や発展には繋がらない。葉月から別世界の話を聞いていて、この国は技術はあるのに発想力に欠けていることに気付かされた。
決して、国の繁栄に力を捧げようなんて大規模で面倒なことは思わない。自分が生まれ育ち、一族が領主を務めるこのグラン領が今より少し進歩してくれれば嬉しい、その程度だ。
そして自分に出来そうなことと言えば、領内に出回る薬の品質を上げる為に彼女が作る製法を公開すること。
領内で一番の販売数を誇る森の魔女の知名度は伊達じゃない。彼女が薬の情報を曝け出せば、それに続く魔法使いは必ずいるだろう。そうして互いの技術や知識を交換していけば、きっとさらに良い薬が出来るはず。
薬は人々の健康には欠かせない。その薬の進歩によって救われる人も増えるかもしれない。だから、これまでのように停滞したままではいけない。
「もし問題が起きそうなら、ジョセフに何とかしてもらうわ」
その為に、彼にも手紙で知らせておいた。トラブルの対応は権力を持つ者に丸投げするのが一番だ。使える物は使う、それが森の魔女の流儀。
「素晴らしいです! 私も是非、協力させて頂きたいです。森の魔女様には至りませんが、私も解熱薬なら自信があります」
ルーシーは持参した薬の一瓶をベルの前に差し出す。確かにベルの作る物とは微妙に色合いが違い、彼女の薬にはまた別の材料が使われているようだった。
「村の近くの林に生えている解熱効果のある茸を配合しています。今、その茸を栽培できないかと村の皆が頑張っているところなんです」
「成功すれば、村の特産品になりそうね」
解熱効果のある茸――興味が湧いてきたので、一度取り寄せてみようかしらと、森の魔女はメモを取った。自信があると言うだけあって、ルーシーの薬にはベルが使ったことがない素材もいくつか配合されていた。
ルーシーもまた、ベルが口にした薬草の名に驚きながらもメモを取っていた。
森と村の魔女が作る薬から、さらに新しい薬が生まれ出る日は近い。