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星崎 ヒロア
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第六章 満ちゆく月
第一話 月下の焚き火
夏の終わり。
秋の気配を帯び始めた風が、木々の隙間を静かに抜けていった。
夜の森は、昼間とは別の世界みたいに冷える。
「……さむっ」
焚き火の前でサフィアンが肩を震わせる。
ぱち、と炎がが小さく弾けた。
サフィアンは丸太へ腰掛けたまま、拾ってきた薪を火へ放り込む。
「もうちょい火ぃ起こすか」
青い瞳に映る、赤い炎が揺れる。
その隣で、ジオは黙ったまま足元の枝を拾い上げていた。
黒いローブの袖から、白い指先が覗く。
そのまま静かに、火の中へ枝を落とす。
「なあ」
サフィアンが横を見る。
「もうちょい近くに座っていい?」
返事を聞く前に、ズリズリと体を寄せる。
「……いいって言ってない」
「え〜許可しただろ」
「してない」
そう言いながらもジオは離れなかった。
サフィアンは笑う。
「相変わらず素直じゃないな」
「サフィが勝手に解釈してるだけ」
「はいはい」
二人の間に、昔と変わらない空気が流れる。
焚き火の音。
風の音。
そして、空には上弦の月が浮かんでいた。
満月まで、あと七日。
二年前。
ラディスを出た時は、まだ十七歳だった。
何も知らない少年だった。
けれど、旅を続けた二年で二人は変わった。
サフィアンは背が伸び、身体つきも大きくなった。
群青色の髪は少し伸び、以前より落ち着いた雰囲気を纏っている。
けれど、青く澄んだ瞳の明るさは、昔と変わらなかった。
笑えば、今でも少年の頃の面影が残る。
ただ、戦う時だけは違う。
昔、剣を握っていた少年はもういない。
旅の中で得た力。
雷と水。
それを拳と脚へ纏わせ、己の身体そのものを武器にする戦い方。
魔拳士として、二年前とは確実に違う強さを手に入れていた。
そして、隣にいるもう一人。
ジオ。
黒い髪、黒い瞳。
その姿は、二年前よりさらに妖艶な危うさを纏っていた。
艶のある黒髪は肩へ届き、夜の中では輪郭すら溶けそうだった。
黒曜石のような瞳。
白い肌。
細い身体。
見た目だけなら、どこか儚い少年に見える。
けれどその奥には、誰にも触れさせないものを抱えているような、深い孤独があった。
闇を引き寄せる力は徐々に強くなり、特に満月が近づくと、その力はジオを苦しめた。
そして旅の中で、ジオは何度も見てきた。
自分を見る人々の目。
恐れ。
戸惑い。
距離を置く視線。
黒髪黒眼。
それだけで、避けられる。
だから二年経った今も、ジオが心を許している相手はほとんどいない。
ただ一人。
隣にいるサフィアン以外は。
「……なあ」
不意にサフィアンが口を開く。
「二年前さ」
「初めて焚き火囲んだ時のこと」
ジオがちらりと見る。
「覚えてる」
「え、珍し」
「失礼だな」
サフィアンは笑った。
「いやでもさ」
「最初のお前、ほんと警戒心すごかったよな」
ジオは黙る。
「夜も全然寝なかったし」
「……」
「俺のこと信用してなかっただろ」
少しだけジオの目が揺れる。
けれど。
「……別に」
いつもの返事。
サフィアンは苦笑する。
「はいはい」
それ以上は追及しなかった。
昔からそうだ。
ジオが言いたくないことは、無理に聞かない。
ただ隣にいる。
それだけだった。
焚き火が二人の影を揺らす。
二年前とは違う。
身体も、力も、歩いている道も。
全部変わった。
それでも、この距離だけは変わっていなかった。
コメント
1件
読ませていただきました……。 夜の焚き火の、ぱちぱちっていう音と、二人の間に流れる空気がすごく綺麗で、読んでいて胸がぎゅっとなりました。特に、ジオが心を許してるのがサフィアンだけ、っていう感じとか、距離は変わらないって最後の一文がすごく刺さりました。満月まであと七日……これからの展開、すごく気になります。続き、楽しみにしてます🖤