私の家庭環境は最悪だ。
「あんたこれなんなのよ!!」
「お前には関係ないだろ!!」
離婚寸前の両親はほぼ毎日大声で喧嘩をしている。
そんな声を聞いてるだけでもうんざりなのに…
「みーずきっ」
「お金貸してよ」
『お姉ちゃんの方がお小遣いは多いでしょ。バイトもしてるんだし。』
「え〜だって金欠なんだも〜ん」
『嫌だよ私だってお金要るんだから』
「って言うと思ってぇ〜。お財布借りちゃいました〜」
『え?!ちょっと…!』
「どれどれ〜、お、結構あるじゃん〜」
『必要なお金なの!やめて!』
「3万!貰ってくね〜」
『やめてよ…!』
『……』
姉からはお金やものを奪われる。
あの両親も含めると、ほんとに酷い環境だ。
次の日
私が登校してくると真っ先に話しかけてくる女子グループ。
「未希ちゃ〜ん」
「お金は持ってきたかなぁ〜?」
『持ってこれて…ないです…』
「早く、財布」
『……』
黙って財布を差し出す。
「なんで持ってきてないわけ?」
『お姉ちゃんに取られて…』
「そんな言い訳が通じるわけねぇだろ!!」
グループのリーダーはそう怒鳴ると私の事を思いっきり殴った。
『うっ……』
私はそのまま地面にしゃがみこみ、呻くことしか出来なかった。
『うぅぅ……』
「持ってこないのがわりぃんだよ」
「明日は持ってきてね〜」
そう言ってグループは去っていった。
(もうこんな生活嫌だ……)
そして次の日。
学校に行ってもどうせまた殴られるんだろうなと思った私は……。
『行ってきます、お母さん』
「えぇ、行ってらっしゃい。」
……
家を出てそのまま公園へ行き。
プルルル…プルルル……
[はい、○○高等学校です。]
『もしもし、吹嵐未希の母です。今日ちょっと未希が体調を崩してしまいまして……』
学校をズル休みすることにした。
『はい、お願いします。』
プツッ
『……はぁ、休んじゃった。』
その日は、公園やその周りで時間を潰し、終業時間になったら2つ年上の彼氏の家に行くことにした。
ピンポーン
「はーい。お、未希!」
『やっほ〜瑠架。』
「上がって上がって」
『うん』
笑顔で私を出迎えてくれた彼氏の冬本瑠架。
今は一人暮らしをしてるらしい。
私は唯一、彼氏と一緒にいる時だけは心が安らぐ。
でも……
『あ……』
「あー、すまん、部屋は気にしないでくれ」
『ううん、大丈夫』
瑠架は在宅ワークをしていて、ずっと家にいるが、仕事が忙しいのか部屋が散らかっていることが多い。
『ちょっと片付け手伝うよ!』
「いいのか…?マジですまん」
『いいよいいよ!』
(いっそ、ここに住まわせてもらえば…)
(いや、そんなのダメだ、瑠架に迷惑がかかる。)
「そういや、未希。お前、学校とか家とか大丈夫なのか?」
『……!』
瑠架は私の状況を知っている。
でも、瑠架に心配はかけたくなくて…
『大丈夫!家も学校も、ちょっとうるさいだけだし…』
「……いつも言ってるけどさ、マジで辛かったら、いつでも俺のところ来いよ…?」
「未希が1人で抱え込んでるの、俺嫌だからさ」
『うん……』
瑠架はこう言ってくれてるけど、それでも私はやっぱり申し訳なかった。
瑠架だって仕事忙しいのに、私のことでやることを増やさせたくない。
私の存在は、家に来て部屋を掃除してくれる便利な彼女で充分。
でも、やっぱりそんな生活は苦しかったみたいだ。
次の日、私はまた学校をサボった。
『また…休んじゃった…』
(終業時間までスマホでも見てよ…)
ネットニュースを見ていると、とある記事が目に止まった。
『なに…これ…。神隠し?』
そこに書いてあったのは、最近話題らしい“楼鏡市神隠し事件”の事だった。
記事を読み進めていると、若い世代を中心に神隠しにあっているというものだった。
その記事のコメントには都市伝説のような噂も書いてあった。
〔自殺したくなるほど辛い思いした人が神隠しに遭うらしい〕
〔人殺したら神隠しに遭うって聞いた〕
〔夜道をフラフラしてたら神隠しに遭うとか言う噂がある〕
〔神隠しにあってもそこには楽園が広がってるって聞いた〕
〔いいなーそこ行ってみたい〕
〔ぶっちゃけ普通に学校や仕事行くより楽しそう〕
〔それな〕
『……』
『こんなところがあるんだ…』
これが本当だとしても、嘘だとしても、今の私からしたら希望であることには間違いなかった。
『行きたい、ここに』
その日、私はいつも通り瑠架の家に寄り、夜に別れ、そのまま家に帰らずに夜道を歩くことにした。
帰宅。
(ダメだ、ただ夜道歩いてきただけだった…)
(遅くに帰ってきたせいできっと…)
『ただいま…』
「未希!何時だと思ってんの?!」
『うっ、ご、ごめんなさい』
「私だって大変なのよ?!わかってる?!」
『ごめんなさい…わかってますから…』
「ほんとにわかってるの?!……はぁ、もういいわ、早く寝なさい」
『……ごめんなさい』
次の日も、その次の日も、ずっとずっと、学校を休んで、瑠架の家に行き、夜道を歩いて、帰って母親に叱られる…
という日々を繰り返してきた。
そんなある日
「未希」
『お、お母さん…?』
「あなた、ここ最近学校サボってるらしいじゃないの」
バレてしまった。
『えっと…』
「私だって大変なのよ?わかってるわよね?」
『ご、ごめんなさい…でも学校辛くて…。お金取られたり殴られたりとか…』
「そんなの知らないわよ、私は大変なの、わかる?」
その時、もうダメだ、と思った。
もうどこにも居場所はないと。
その瞬間、私は家を飛び出した。
その時には、神隠しに遭いたいだとか、そんなのは考えられなかった。
ただひたすらに走り続けて、涙が溢れて止まらなくて、視界がぼやけて揺れ動いていた。
そして次第に、その視界は真っ暗になり、私は意識を失った。
「……い。おーい」
『……!!』
「やぁっと目が覚めた〜」
『ここは…』
「ここは麗流楼水!居場所がなくて苦しんでいる人が、たどり着く町だよ!」
『ここが…?』
その言葉を聞いて、私は、救われたと思った。
ずっとずっと、苦しい思いをしていて、希望を抱いていた場所に、ようやくたどり着けたのだから。
私が呆然としていると、目の前の少女が話しかけてきた。
「私は月影未彩。あなたは?」
『未希…吹嵐未希……』
「吹嵐未希ちゃん、君も、何かあったんだね」
『う……わぁぁぁぁぁー!!』
「おぉおぉ、どうした」
私は泣き出してしまった。
ようやく解放されるんだ。
そう思うと涙が止まらなかった。
「……なるほどね、家でも学校でも…。辛かったね。」
未彩さんは、そう言って私を抱きしめてくれた。
「大丈夫、ここには、君と同じような経験をした人が沢山いる。君のことも受け入れてくれるよ」
『はい…』
「吹嵐未希さん、あなたを麗流楼水に歓迎します!」
ーー2023年11月17日更新