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「え……? 食べ………?」
「そうだよ姉ちゃん! 食われるぞ!?」
いや違う。
たぶんあれは、そういう意味じゃない。
「早く逃げろってぇ!!!」
違和感。そう、この違和感は何だろう?
私たちは何か、大きな思い違いをしているような。
「や……。このサイズだと、やっぱり大味かな?」
そんな風に、当人が誰にともなく口にした所感を得てもなお、その意味するところが、やはり私には到底理解できなかった。
できなかったが、状況だけは解ったような気がした。 というよりも、安直な構図だ。
私たちにとって、“ザリガメ”はもはや怪物でしかない。
多大な恐怖と絶望を齎す災厄そのものであり、狩る側と狩られる側に照らした場合、私たちは確実に後者だ。
ところが、彼女の場合はどうだ。
あの恐ろしい怪物が、どうやら丸っきり別のものに見えているらしい。
恐る恐る辻褄を模索して、ようやくそれらしい結論にいたる。
信じたくない。信じたくはないが、おそらく彼女にとって、アレは───
「─────────ッ!!!!!」
途端、怪物が恐ろしい金切り声を上げた。
思わず耳をふさぐ。ふさいでも尚、頭の芯が激しく揺さぶられる。
まるで、ありとあらゆる不快な噪音を束ねに束ねたような。
私たちのなけなしの正気を、ジワジワと摩滅するかのような絶叫だった。
あんな生き物に発声器官が備わっているなんて、さすがにファンタジーが過ぎる。
頭の片隅に残った冷静な部分で判じると同時に、私は確信した。
この咆哮は、あからさまな威嚇と見て間違いないだろう。
ならばその意図は。そうせざるを得なかった理由とは
「やかましなオラァッ!!!」
降って湧いた大音声が、一帯を震撼させた。
まるで、売り言葉に買い言葉とばかりに容赦がない。
この蛮声を受け、巨体がビクリと戦慄いた。
もはや疑いようもない。 あの怪物は、彼女を恐れている。
かのザリガメにとっては目下、彼女は恐怖の対象でしかないのだ。
もちろん、私のような人間からすると、何がそれほど恐ろしいのかは判らない。
たしかに今の怒鳴り声は、目を見張るものがあった。
よく“雷が落ちる”と比喩されるが、まさにそれを彷彿とさせた。
けれど、怪物には図抜けた巨体がある。
埋めようのない体格の差は、考えるまでもなく大きなアドバンテージとなるはずだ。
ならば、彼にしか知り得ない何か。生物的な本能か、狩猟者としての勘か。
「ふふふ……」
ともかく、優位性の証明と誇示を同時にこなした事で、気分が良くなったのだろう。
彼女が何ともニヒルな笑い方をした。
様にはなっているようだが、どうにも似合わない。と言うか、何やら芝居がかった印象を否めない。
「おっとこれはぁ……。 ビビってますな? この野郎」
優等生が不良を演じるような違和感。いや真逆だ。
それは他ならぬ“本物”が、劇画の悪役になりきるような。
舌触りの良いユーモアをまじえ、シリアスの極致には断じて触れないよう心掛ける。
もしくは、自分がシリアスに染まってしまわぬよう努めるような。
「さてさて、どんな風に料理してくれちゃいま───」
言い終わるより先に、怪物が暴挙に出た。
思えば、いま現在シリアスの極致に居たのは、他でもなく彼のほうだった。
目先の彼女に対する恐怖心。
狩る側が一転して狩られる側にまわるという理不尽を押しつけられて、いよいよ緊張の糸が切れたのかも知れない。
大振りに振るわれた重機のようなハサミが、無防備に佇む矮躯を難なく跳ね飛ばした。