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教室の「日常」が音を立てて崩れていく。
朝のHR。担任が出席を取る声の中で、遥と日下部が名前を呼ばれると、クラスの空気がわずかに揺れる。咳払い。小さな笑い。誰かの舌打ち。誰かの嘲り。空気の流れがそこだけ澱む。
だが教師は気づかないふりをする。――あるいは、本当に気づいていないのかもしれない。
1時間目が始まる前、「声出しゲーム」が始まる。ルールは簡単。「遥のための発声練習」。
「じゃあ、今日のテーマは”嫌いなもの”にしようか」
「”気持ち悪い”を一人ずつ言っていこうよ」
順番に言わされる。「気持ち悪い」「うざい」「こっち見んな」「吐きそう」「きもすぎて笑える」……冗談の体を取りつつ、嘲りの声は途切れない。
遥はただ黙って座っている。唇をかみ、目を伏せる。逃げ場はない。否、逃げることすら許されないのだ。
次の罰は「反省ショー」。
「昨日、何を反省したか、ひとりずつ言ってみようか?」
「遥からで。ちゃんと反省してるよね?」
遥は立たされる。何を言っても許されないことを知っている。黙っていても、「態度が悪い」と言われる。何を言っても、「嘘臭い」「反省してない」「言わされてるだけ」と笑われる。
「――ごめんなさい、俺は……」
その声が震え、掠れると、誰かが吹き出す。誰かが机を指で叩いてリズムをとる。誰かが口パクで「ざまぁ」と言う。誰かが黒板に「奴隷くんの一日」と落書きする。
日下部は――歯を食いしばって見ている。その場で拳を握っていても、遥にそれ以上の被害が及ぶことを知っているから、殴ることも、叫ぶこともできない。
それがどれほどの無力感か、誰も知らない。遥はそれを知っている。ただ、見捨てられていないことだけが、日下部の存在だけが、まだ自分を「人間」と呼べる境界に踏みとどまらせている。
そして放課後。
教室を出ようとしたとき、誰かが言った。
「今日も楽しかったね。じゃ、明日は何のショーにしよっか。泣き真似? それとも……『死にたい』って言わせてみる?」
笑い声が響いた。
日常はすでに壊れている。だが――破壊はまだ、終わっていない。