テラーノベル
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放課後、教室に残っていた遥の机に、担任の教師が歩み寄った。優しげな顔をしていた。けれど、その目の奥は冷えていた。
「最近、また君の周りでトラブルが起きてるようだね」
遥は黙ってうつむいた。
教師の声は続く。
「……わかってるよ、君が悪いわけじゃない。君が“原因”なんだよね」
え?と遥が顔を上げた時、教師は微笑んでいた。
「人を惹きつけて、巻き込んで、壊す。君、そういうタイプに見えるよ」
その言葉は、教室の隅にあった鏡のように――遥自身の中にあった自己嫌悪を、反射させてきた。
否定できなかった。
反論すれば、また誰かが傷つく。
黙っていれば、自分が壊れていく。
その夜、自宅では義母がテレビを見ながら言った。
「学校で問題起こしてるって、先生から電話きたよ。……何? あんた、今度は誰に迷惑かけたの?」
遥は首を振った。何も言っていない。何もしていない。それでも、義母の顔は曇ることはなかった。ただ、表情も変えずに言葉を続ける。
「……結局、誰かに甘えたいだけなんでしょ? そのくせ、面倒なことは全部他人任せ。母親にそっくりだわ、気持ち悪い」
遥の視界がかすんだ。
涙ではなかった。自分の輪郭が崩れていく感覚。
呼吸をしているはずなのに、空気は肺に届かない。
次の日。
教室の空気はさらに重かった。黒板には落書きが残っていた。「咬ませ犬」「ニセモノの被害者」「泣きマネ係」。
遥はそれを消すことができなかった。
代わりに、掃除係の女子がこう言った。
「……あんた、消したら“自覚してます”ってことになるけど、それでもいいの?」
掃除用の雑巾を床に落とし、そのまま行ってしまった。
教室に残ったのは、文字と、遥だけ。
自分の存在が、だれかの“正しさ”の証明になっている。
日下部が黙っているのも、きっと自分のためではない。
そうだ、あいつまで巻き込んでしまった。
全部、自分のせいなんだ。
次第に、遥の視界から「色」が消えていく。
昼休みのざわめきも、放課後の夕焼けも、教室の空気も――ただのノイズに変わる。
何も感じたくなかった。
それがいちばん、楽だった。
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