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教室の空気が変わっていた。いや、もしかすると、もうずっと変わっていたのかもしれない。遥の席の周囲だけ、何かが腐ったような、湿った重さが漂っている。
黒板に書かれる「今日の連絡事項」の隅に、チョークで歪な文字が足されている。
《いじめの主犯→遥と日下部》
教師はそれを見て、眉をしかめるが何も言わず消す。ただそれだけで、クラス全体は「公認された」と受け取る。
朝、遥の机がない。
日下部のイスには赤いペンで「最低」の二文字。鞄には残飯と、おそらく誰かが持ってきた生ゴミが詰め込まれていた。強烈な匂いが周囲に広がって、誰も近寄ろうとしない。誰かが言う。
「自分たちがやったことに比べればマシでしょ?」
日下部は無言で処理する。手が震えても、何も言わずにゴミを拾う。遥はそれをただ見ていた。見ているしかできなかった。
「……俺のせいだ」
口には出さない。けれど、遥の胸の奥に焼きついて離れない。日下部と組まされたこと。自分が標的だったことで、彼まで巻き込んでしまったという感覚が、皮膚の下で蠢いている。
次の授業。グループワーク。遥と日下部が同じ班になる。
教師は何も言わず、他の生徒たちのグループを組むのを見守る。誰も、二人の班に入ろうとしない。残されたのは、いびつなペアだけ。
「加害者とは組めません」と、女子生徒が大声で言った。
教師はそれにも反応しない。ただ、淡々と出席簿にチェックを入れる音が響く。
日下部が低くつぶやく。
「……気にすんな」
遥はかすかにうなずいた。けれど、気にしないなんて無理だった。
放課後。靴がない。
いや、あるにはある。便器の中、濡れて泥だらけになって沈んでいた。
その靴を見て、遥は笑った。もう、笑うしかなかった。
「……そうだよな、俺、こういう奴なんだよな」
誰もいないトイレの個室で、鏡に映った自分に言う。目が虚ろで、唇は笑っているのに、喉の奥がひりついている。
日下部は、別の場所で誰かと揉めていた。何かが倒れる音がした。誰かが押されたのか、突き飛ばされたのか。けれど、それはもう遥には届かない。
自分は守られる立場ではない。助けられる価値もない。
だから――。
「全部、俺が悪い」
そう思えば、少しだけ楽になる。
そう思えば、誰かのせいにしなくて済む。
そう思えば――。
また明日も、この地獄に立てる気がした。