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記憶は数年前に遡る。
あれはそう、自分がまだ独身だった頃の話だ——
日向司(ひむかつかさ)。現在三十一歳独身。警視庁、捜査第一課に勤務している。階級は巡査部長で、仕事はそれなりに自分には性にあっているのではないかと思う。テレビで警察のドラマを観て、憧れ、生涯の仕事にと選んだクチだ。忙しく、あまり自分の時間は取れないが、それでもやりがいがあった。
「おい、日向。今日は久しぶりに飲みに行かないか?いい店見付けたんだ」
同僚の桐生に声を掛けられた。同期な事もあり、無愛想な所のある自分相手でも普段から何かと声を掛けてくれる。コイツはいわゆる典型的な『いい奴』だ。
「ああ、行くよ。ちょっとこれが終わるまで待ってくれないか?」
「んじゃ俺はいつもの場所で待ってるから」
「あぁ、悪いな」
最近忙しかったからな。外で飲むのは何ヶ月ぶりだろうか。少し前に大きな事件があったせいでここ最近ずっと残業続きだったから、自分にしては珍しく楽しみだ。
人前に出るのだし、風呂にも入りたい気分だが…… まぁそれはさすがに無理だよなと諦める。
自分の席で報告書を書き上げ、上司に提出。内容に問題は無く、修正する事なくそのまま受け取ってもらえた。
「んじゃお先に失礼します!」
まだ残っている同僚達に挨拶をして、すぐに俺は待ち合わせ場所まで向かった。
「行こうか」
待ち合わせ場所であった休憩所で缶コーヒーを飲んでいる桐生に声を掛けた。
「おぉ、終わったか」
「あぁ。すぐにOKをもらえて良かったよ、あの人は厳しいから」
「お前が報告書を書き直せなんて数回しか言われてないだろうが。俺なんてもう毎回だぞ?」
飲み終わった缶をゴミ箱に捨て、外国人の様なオーバーアクションで桐生がうんざりだと言いたげな仕草をする。そんな姿を前にし、自然と笑みがこぼれた。
「適当に書きすぎなんだよ、お前は」
「面倒なんだよ!ああいった書類ってのは。俺は現場に出てるだけの方が合ってるんでな。そういったのはお前に任せた!」
背中をバンバンと叩かれながら、二人で廊下を歩く。
「絶対に嫌だ」としかめっ面で返したが、全然本気では受け取ってもらえなかった。
「お疲れ様です」
通り過ぎる人達が声を掛けてくるので自分達も同じ様に返す。エレベーターに乗り、一階へと降りて外へ。十一月という事もあって、頰に当たる風が少し風が冷たくなってきている気がした。
「店の名前は?」
「『火の屋』って店だ。焼き物系の専門店だよ。餃子が美味いんだ」
「…… おいおい、焼き物専門だったらオススメは焼き鳥じゃないのかよ。しかし、知らないなぁそんな店」
「お前もともと詳しくないじゃないか」と、豪快に笑われながら言われた。
「…… まぁ、そうなんだけど」
飲み会が好きな友人が少なく、自分も積極的ではない為、飲み屋の情報なんて桐生からしか入ってこないに等しいんだから当然だ。
「とにかく行こうぜ、結構人気なんだ。待つのは覚悟しておけよ?すごい可愛い看板娘が居るんだよ!」
「おいお前、メシが美味いから行きたいんじゃなく、その子が見たいだけなんじゃないのか?」
呆れてしまったが、コイツはこういう奴だったなと諦める。
仕事の事や店のメニューの内容を話しながら歩いて店の方へ向かう。少し時間は掛かったが、でもまぁ最近事務処理も多くて運動不足だったからな。丁度いい運動になるだろう。
「ここだよ」
桐生が店の看板前に立って教えてくれる。和風な作りの外観で、どうやらいたって普通の居酒屋のようだ。周辺にも飲み屋が結構あるが、その中でもかなり新しい感じがする。が、今風のお洒落な作りって程ではない。でも、だからそこ入りやすそうだった。
「半年前にオープンしてな、雑誌にも紹介されたんだぜ」
「相変わらず詳しいな、お前は」
「宴会となると皆俺を頼るからな、情報は常に新しいぞ」と、自慢気に話す顔がやたらと誇らしげだったので、今度から職場の飲み会の予約は全てコイツに押し付けようと俺は心に決めた。
「ほら、早くしようぜ。きっと並ぶ事になるから」
俺の腕を引き、桐生がドアを開けて先に中に入る。
「いらっしゃいませー!お二人様ですか?」
すぐさま元気の良い声が店内から聞こえた。
「ああ、二人なんだけど待ち時間あり?」
「そうですね、申し訳ありません」
そう言って、店員が深々と頭を下げる。桐生の背中越しにちらっと見える姿がやけに小さい気がする。目の錯覚か?と疑うレベルで。
「こちらの席でお待ち頂けますか?あと十五分ほどでご案内出来ると思いますので」
「了解、仕事頑張ってねー唯ちゃん」
「はい!ありがとうございます!」
タタタッと店内に戻る店員の後姿だけが見える。終始桐生の背中が邪魔で、結局顔まではよくわからなかった。
「今のがさっき話した、看板娘の『唯ちゃん』だ!なかなかに可愛いだろう?」
順番待ち用に用意されている席に座りながら、桐生が言う。
「お前が邪魔で顔は見えなかったよ」
「げ、悪い悪い。でもまぁお前の好みじゃないだろうからいいか」
「…… 俺の好みなんて、お前知ってるのか?」
俺を指差し、桐生がニヤっと笑う。
「おいおいおい、俺たち何年一緒に仕事してると思ってんだ?お前が付き合った女くらい知ってるぞ?」
(年単位で誰とも付き合っていないんだが、いつの話を持ち出してるんだコイツは)
「会わせた事は無いと思うんだが」
「警察官をなめるなよ!」
「おい、ちょっと待て。尾行でもしてたのかよ…… ストーカー容疑で逮捕するぞ?」
「いやいやいや、偶然見ただけだって!男のケツなんかプライベートでわざわざ追いかけるかよ」
「…… どうだかな」
——なんて、くだらないやり取りをして時間を潰していたら、十五分なんかあっという間だった。
「お待たせいたしました!ご案内いたしますね」
予告通りの時間で、さっきの店員が戻って来た。席から立ち、彼女の側に行くと、あまりの背の低さに驚いてしまう。
「…… ちいさっ」
つい、口元を押えながらぼそっと言ってしまった。ピクッと、俺の言葉に対して少し反応するのがわかった。でも彼女は表情にそれを出さなかった。なので俺は、『失敗したな』とは思ったが、敢えて詫びたりはしない事にした。