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本来なら、ただの客と店員の関係で業務に関係の無いものを貰うというのは
トラブル防止のために避けていることなのだが
そう押し切られてしまうと
せっかく買ってきてくれたというのにその厚意を無下にするわけにもいかないか、と情が湧いてしまう。
結果、結局俺はケーキを受け取ることにした。
「すみません、じゃあ…ありがたくいただきます」
「よかった、食べたら感想聞かせてくださいね……!また来るので」
そう笑って大輝くんは店を出て行く。
ふと時計を見るともうすでに店を閉める時間になっていた。
俺は慌てて閉店の準備に取り掛かった。
大輝くんから貰った箱に入ったケーキをトートバッグに入れ、着替えを済まして店を閉めた。
◆◇◆◇
帰宅後
時計を見ると時刻は8時半で
肩にかけていたトートバッグを椅子にかけ
中からケーキの入った箱を取り出してそれを机の上に置いた。
今週始まって早々変な贈り物に振り回されて疲れたし
自分へのご褒美としてこのケーキを食べてしまおうと、手早く着替えを済ませた。
食器棚からナイフを取り出して椅子に座り
箱を開け、ケーキを取りだした。
「って、多っ……!こんなにチョコといちごたっぷりのケーキを今から食べるのはきついな…」
二層のチョコレートケーキに、とろりとしたチョコレートソースがかけられ
たくさんのスライスされたいちごが飾られている。
(通りでずっしりしていると思った……)
別にホールのケーキが嫌いな訳では無いのだが
1切れや2切れのショートケーキが入っているものだとばかり想像していたので
ホールを前にして、目を逸らしたくなってしまうが
「でも…せっかく買ってきてくれたんだし……」
と自分に言い聞かせるように呟いて、ナイフでカットしようとしたときだった。
垂れるチョコソースに紛れて、というか
2層になっているスポンジの間になにかが挟まっていることに気がついた。
「ん?」
それに手を伸ばして、指で引っこ抜いてみようとするが、しっかりとくっついていて出すことが出来ない。
半分ほど食べ進めて、ようやく姿を現したそれは
外周が波打つような装飾的な楕円形をしているチョコレートのネームプレートだった。
中央には手書き風の文字で
「Happy birthday Kaede」
とホワイトチョコペンで書かれていた。
「え…は?なんでこんなものが……ハッピーバースデー…って、なにこれ」
思わず独り言を零す。
確かに俺はもうすぐ誕生日だけど……
「なんで……俺の誕生日知って…?」
そう口にした瞬間、俺はハッとする。
最近、妙に大輝くんの距離が近くなった気がしたし。最近、後をつけられているような感覚もある
それにあの1本ずつ送られてくるバラや
「I Love Kaede」というメッセージ。
(いや、まさか……そんなわけない)
大輝くんが、そんなことするわけ
あの真面目な大輝くんだ。
そんなバカなことありえない。
自分の頭に過ぎった考えをすぐに否定する。
しかし、これはきっとただの差し入れじゃない。
ふと大輝くんの「感想聞かせてくださいね」という言葉が頭を過り
わざわざ上のスポンジを食べなければ抜けないほど強力に挟まれていて
尚且つネームプレートがあることは確認できても何と書いてあるかは
上のスポンジを片付けなければ分からないこと。
それを考えると食べたことを確認するためなのか
それに、普通こういうのはケーキの上とかに飾るものだ。
なんにしろ、何らかの意図があってのことだ。
そう思うと、気味が悪くなってしまい
俺はそこで食べるのをやめた。
「もったいないけど……冷蔵庫にも入れておきたくないし、捨てよう」
◆◇◆◇
翌日
いつも通り出勤してエプロンに着替え
開店準備を済ませ、いつも通りお客を笑顔で迎える。
頭の中は昨日のネームプレートのことでいっぱい
だったが
接客に集中していると時間の流れは早く感じ
気がつくと6時になっていた。
大輝くんが昨日と同じ時間に店に入ってくるなり
「楓さん、こんばんは」
花の手入れをする俺にニコニコしながら話しかけてきて
俺は下げていた腰を上げて内心びくっとしながら
「お、おはよう」と返す。
(ちょっと話さなきゃ…..だよね)
昨日のケーキのネームプレートの意図とか
そもそも何で俺の誕生日を知ってるのかとかいろいろ聞きたいことはあるし……
そう考えていると先に口を開いたのは大輝くんの方だった。
「そういえば、ケーキ全部食べてくれました?」
昨夜のことが思い出され
途中で捨ててしまったが、それを悟られないように笑顔を絶やさず答える。
「あ、あっはい!美味しくいただきましたよ」
すると、彼はさらに深掘った質問をしてきた。
「そうですか、具体的にはどこが美味しかったですか?」
やっぱり、ちゃんと食べたか確認したいんだなと思い、少しでも食べていてよかった。
(もしプレートだけ見て絶句してなにも食べていなかったら答えられないとこだった……)
そう思いつつ、素直に感想を述べる。
「ちょっと多くて食べ切れるかなって思いましたけど、意外と甘すぎず、チョコレートの濃厚さとイチゴのフレッシュさがバランス良くマッチしていて、すいすい行けちゃいましたよ」
それを聞いた大輝くんはぱぁと顔を明るくした。
「そうですよね、ちなみに下のケーキはどうでしたか?変なところとか…ありませんでした…?」
探るような口調に不信感を抱く。
「え?下のケーキ……ですか?」
聞き返すと大輝くんは頷き、俺の回答を待ってい
る。
下にもなにかあったのか?味が違うとか?
いや、分からない。
半分まで食べてあのプレートを見つけた時点で
気味が悪くなって残りは捨ててしまったのだから
下のケーキはどうだったかと聞かれても答えようがない。
でも、ただの顔見知りの店員に
いちいち下と上で味を変えるほど凝って作っているわけもないだろうし。
それとなく答える。
「特に変なところはなかったですよ?下のケーキも上と同じくすごく美味しかったですし。本当に、ありがとうございました」
「へえ……そうですか、ならいいんです」
どこか含みのある言い方をする大輝くんに
ケーキ食べてないことがバレたのかな、とも思ったが、考えすぎだろう。
今の会話だけでバレるとは到底思えない。
そうこうしていると常連の相澤さんが来店してきて、楓ちゃん、と手を振られたので
「あっ相澤さん!」と手を挙げてそちらに向かう。
「いらっしゃい、相澤さん。」
すると、相澤さんの手元に目が行く。
相澤さんはいつもみかん柄のエコバッグを持っているのだが、今日に限って手ぶらだった。
「あれ、相澤さん、今日手ぶらなんですか?」
気になって聞くと
「あぁ、違うのよ。ちょっとさっき買いすぎちゃってね」
「通りすがりのお兄ちゃんに持ってもらったの」
「あ、そうなんですね。そのお兄さんはどこに……?」
相澤さんのうしろをちらっと覗くと
そこには相澤さんのエコバッグを肩にかけた犬飼さんの姿が。
目が合い久しぶりに見る彼に「い、犬飼さん……!」と声を出すと彼
も軽く会釈して
「どうも、お久しぶりです」と笑った。
「で、ですね」
そうこうしていると相澤さんが犬飼さんに話しかけた。
「この人がさっき言ってた荷物運びを手伝ってくれた人よ」
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