その頃都内の大手アパレル本社ビルの一室で西村は長谷部から報告を受けていた。
「武田興信所からの報告によると佐伯の悪い噂は何一つ出て来ません。女遊びも夜遊びもせずに今は長野へ移住。長野でも夜は一歩も外に出ていないようです」
長谷部は興信所からの報告書をめくりながら少し困ったような顔で報告する。
「あ、でも先日佐伯は会社の女性スタッフの実家へ行ったようです。その女性スタッフは27歳。彼女には4歳の男児が一人いますが夫はいません。おそらくシングルマザーでしょう。これはスクープになるのでは? 佐伯岳大が女性スタッフを追いかけて長野へ移住。それも相手はシングルマザー! きっと面白い記事になると思いますよ」
長谷部がニヤッと笑いながら言うと西村は大声で怒鳴った。
「駄目だっ! その女には絶対手を出すなっ! 絶対に晒すんじゃないぞ!」
いきなり怒鳴られた長谷部は驚いた顔をしている。
「しっ、しかし、その他には一切ネタになるようなものがないんですよ?」
「ああ、でもその女は絶対にダメだ! わかったか?」
長谷部は納得がいかない様子だったがしぶしぶわかりましたと答える。
武田興信所からの報告ではさらにまずい事実が浮かび上がる。それは岳大の隣家が警察官の家だという事、そしてあの辺りは田舎町なので張り込みをしているとかなり目立ってしまうので、興信所からは張り込みを打ち切りたいとの申し出があった事等を長谷部は報告する。
すると西村はイライラした様子で再び怒鳴った。
「仕事の出来ない会社はさっさと切れっ!」
そう吐き捨てるように言った。
「いいからもう下がれ!」
長谷部は一礼をしてから社長室を出て行く。
一人になった西村は椅子を窓の方向へ向けると窓の外をじっと見つめる。
先程長谷部から受けた報告では佐伯が優羽の実家に出入りしている様子だった。
やはり二人はそういう関係なのだろうか?
その時西村の頭には道の駅で二人が微笑みあっていた光景が過る。その途端さらに苛立ちが募る。
西村はおもむろに目を閉じると付き合っていた頃の優羽の面影を思い返した。
西村に笑いかける恥ずかしそうな笑顔、
手を繋ぎ新宿のビルの間を歩いた日々、
機嫌を損ねるとぷくっと頬をふくらませる優羽の愛らしい癖、
向かい合って食事をする時の優羽の嬉しそうな顔、
優羽を抱き締めた時の甘い香り、
ベッドの中で西村の名を呼ぶかすれた声、
抱き締めたら溶けてしまいそうなほどの柔らかな抱き心地、
手に吸い付くようなしっとりした肌の質感、
形の良いふっくらとした胸、そしてツンと尖ったピンク色の蕾、
腰から尻へと伸びる滑らかなカーブ、
愛らしい唇から漏れる控えめな喘ぎ声、
愛し合った後気だるげに眠りに落ちていく穏やかな寝顔、
その思い出はどれも西村を苦しめるものばかりだった。
西村は苦しそうに両手で頭を掻きむしるとその後両手で顔を覆った。
そして怒りに震えながら声を押し殺して泣いた。
西村は今、自分が優羽にしたひどい仕打ちを悔やんでいた。
そして本当はまだ優羽の事を愛しているのだという事実に気づいてしまった。
そのやり場のない思いに気が変になりそうだった。
あの日長野で優羽と再会して以来その苦しみはずっと続いていた。
そのどうしようもない苛立ちがいつしか岳大への憎しみに代わり意味のない攻撃を仕掛けている事にも気づいていた。
西村はただただ自分の愚かさが情けなくてしばらくの間泣き続けた。
その夜、西村は秘書を誘ってホテルへ食事に行った。
西村の秘書は顔の雰囲気や体形が優羽とよく似ていた。清楚で控えめな雰囲気も愛らしい声も優羽にそっくりだ。
女性が秘書課に配属された時西村は彼女を見つけた。
そしてすぐに自分の秘書へ起用する。
あまりにも雰囲気が似ているので仕事中は優羽が傍にいるようで嬉しかった。
食事が終わると西村は秘書を部屋に誘った。
すると秘書は一瞬戸惑いを見せた後、先日の亜由美と同じようにのこのこと部屋までついて来た。
少し飲み過ぎていた西村は、秘書にキスをしながら服を一枚一枚剥ぎ取っていく。そして優羽にそっくりの華奢で白い首筋へ熱いキスを浴びせ始める。
昔優羽に同じ事をしたら優羽は必死に声を押し殺して耐えていた。その様子がたまらなく西村をそそった。
今西村は秘書に同じ事をしている。しかしこの秘書の女は最初こそ恥じらっていたが結局は先日の亜由美と同じように安っぽい喘ぎ声を上げ始めた。
見た目は優羽と同じで清楚なのに西村の愛撫に対する反応は男慣れした女そのものだった。
そこで西村は一気に冷める。
突然西村が動きを止めたので秘書は戸惑っていた。
「え?」
西村は上着から長財布を取り出すと一万円札を五枚抜き取る。そして女に差し出した。
「今夜の事は忘れてくれ」
秘書はかなり戸惑っていたがすぐに差し出された金を受け取ると慌てて服を身に着ける。
そして金をバッグにしまった後、
「し、失礼します」
と言って逃げるように部屋を出て行った。
秘書がいなくなった後西村はベッドの端に腰かける。そして大声で笑い始めた。
「ハハッ、ハハハッ、ハーーーーハッハッ……」
西村は狂ったようにしばらくの間笑い続けた。そしてその後両手で顔を覆うとそのまま頭を膝に沈めた。
コメント
3件
ノルノルさん、らびぽろチャンのおっしゃるとおりです🍀🍀🍀👍👍👍
そんなにも愛していたのなら妻と別れることは考えなかったのか… 政略結婚だったのか… どちらにしても、嘘をついて、傷つけ、挙げ句にパートナーに危害を加えようとするなんて、許される行為ではない。 それに優羽ちゃんには手を出すな、これって自分のところまできちゃうもんね。違うのかな?だとしてもそうは思えないよ…。
哀れな西村…優羽ちゃんが好きで堪らなくても自分は妻帯者。そこで線引きができなかったら妻と別れるべきだったのに。 美味しいとこどりなんて出来るわけがない😡💢 挙げ句の果てに岳大さんに嫉妬して散々理不尽なことをしても結果自分の首を絞めて優羽ちゃんへの未練に気づいて…朝倉や秘書にもとても失礼🙅♂️ こんな西村じゃあ人は付いてこないよ😢