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発情期のあいだ、ずっとそばにいてくれた仁さんに、少しでも何か返せたらいい。
そう思ってた夜が、こうして始まった。
「仁さん、このお通しの里芋の煮物、めちゃくちゃ美味しいです!」
俺が目を見開いてそう伝えると、仁さんは目を細めて笑った。
「これ、俺の好きなメニューなんだよ」
「そうなんですか?じゃあ俺も次頼もっと」
「あ、そのつくねも美味しいよ」
仁さんはそう言って、俺の皿にひょいひょいと料理を取り分けてくれる。
仁さんのこういうさりげない優しさは尊敬するものがある。
「なんか仁さんって合コンでもこういうことさりげなくやってそうですよね」
「こういうことって?」
「料理取り分けてくれたり、そういうモテテク?」
「まさか。俺そういう場所基本行かないしな」
「うそだ、今も慣れた感じでしたよ?」
「相手が楓くんだからさ。なんつーか、弟感覚?」
仁さんがくすっと笑う。
「てかそれで思い出したけど、楓くんと合コンで会ったとき、めっちゃリスみたいだったなあって」
「り、リス?えっ、どこら辺が…」
「ほら、焼き鳥とかお酒ちびちび飲み食いしてたろ」
「あ、ああ。あの時は…緊張してたので」
俺は顔を真っ赤にしながらもぐもぐと口を動かした。
恥ずかしくて仕方ない。
でも、仁さんがあのときのことを覚えていてくれたことが嬉しかった。
「ていうかそんなとこ見てたんですか?仁さんあのときめちゃくちゃ立里くんにアプローチされてたのに」
「いやーあれか、正直、クソめんどかったんだよ、 後輩らが俺のことSSSランクなんて嘘つくし」
「あーそういえば言ってましたね…!やっぱ仁さんも渋々って感じだったんですか?」
「その言い方、やっぱ楓くんも嫌々だったわけか」
「んー…前向きに挑戦してみたかったっていうか、α不信を治したいって思いもあったんですよね、多分」
「前向きに挑戦……か。なんか、楓くんらしいや」
「……運命の番見つけたいってのもあって。まあ、それであんな事件に発展してるんだからなんも収穫は無かったんですけど…あはは」
「そっ、か。俺もお察しの通り、嫌々参加したわけだけど、今となったら…参加しといてよかったとは思ったかな」
「なにか、いい発見でもあったんですか?」
「楓くんのことっていうか、Ωのことかな」
「Ωの…?」
「だってほら、Ωもαも殆どは運命の番見つけに来てるわけで。発情誘発剤漏られる事例も多い中、初対面で酒場っていう、Ωにとっちゃ危機感感じるとこで飲み食いするわけじゃん。」
「確かに…言われてみれば?」
「だから楓くんに翌日、会いに行くの迷ってた。楓くんがニュース聞いたとき、すげえ怖かったんじゃねぇかなって思ったし、グルだと思われたら……とか色々考えてさ」
「…あははっ、仁さんもそんなに弱気になることあるんですね」
「わ、笑うとこか?」
「ははっ、だってなんか意外で…」
俺はあの日の出来事を思い出しながら言った。
「あの日、仁さんと合コンで会って、αだって知ったときは正直不安でしたけど……仁さんはサラッと俺のこと助けてくれて、次の日だって心配して来てくれたんですよね?」
「そりゃ、筋の通ってないことを見て見ぬふりすんのは後味悪いし。普通のことをしただけだよ」
「…でも、それでも、仁さんみたいな人がいたおかげで俺は何ともなかったんですから」
仁さんは少し照れたように目を逸らして
「そうか」とだけ呟いた。
仁さんもこんな風に俺のことを考えてくれてたのかと思うと嬉しかったし
あの出会いがなければ今こうして一緒に飲んでることもなかったのだと思うと
縁があってよかったなと感じる。
「それにしても、この店想像以上に旨いですね」
俺が笑って言うと、仁さんも笑って頷いた。
「まあ、ここの料理はどれも味がしっかりしてるし、酒にも合うしで最高なんだよ」
俺はこの瞬間がすごく幸せだと感じた。
仁さんが側にいてくれて、一緒に美味しい料理を食べて、ゆっくり話ができる。
その後も二人で色んなメニューを頼んで食べ進めた。
生牡蠣もレモンが効いててめちゃくちゃ美味いし
エイヒレも濃厚な旨みがあって手が止まらなかった。
海老とアボカドの刺身も絶品だった。
酒の進む料理ばかりでどんどんと手が止まらなくなる。
◆◇◆◇
2時間後────…PM11時
「すみません…飲み過ぎて……」
「いいからほら、肩掴まって。今タクシー呼んだか
ら」
「はあい……」
今夜の宴は最高に楽しくて
気づけば俺は酔っ払って、足元が覚束なくなってしまっていた。
「あははっ…すみません……仁さんと久々に呑んだので楽しくて飲みすぎちゃって……」
フラつく俺を支えてくれる仁さんの腕は逞しくて
いつもより体温が熱い気がする。
タクシーを待っている間もずっと心臓がドキドキしていた。
「もうすぐ来るって。大丈夫?気持ち悪くない?」
「はひ……大丈夫、です。ちょっとクラクラしてるけど」
「はあ、家隣でよかったよ。ほら、ゲロ吐くなら袋
あっから」
仁さんは俺の背中を優しくさすってくれている。
「そ、そこまでじゃないので!」
少しして着いたタクシーに乗せてもらってアパートの住所を告げると
車の中では二人とも無言だった。
というか、俺はだいぶ酔っていて
何も喋れない状態で、瞼だけが重くなり
気がつくと俺は仁さんの肩に頭を預けて寝てしまっていた。
「……ついたよ。楓くん起きて」
タクシーがアパートの前で停まると仁さんが俺の肩を揺すってくれる。
「あっ……え?あ…」
俺は慌てて目を覚まし、タクシー代を支払おうと財布を取り出した。
「もう今払っといたよ」
「すっ…すみません!あとで返します」
「いいって、PayPayだし」
仁さんが俺の手を引いてタクシーから降ろしてくれた。
フラつく足元で何とか歩いて階段を登り終えると
「まだ酔ってる?」
「あはは……」
「鍵どこ」
「えっと、確かバックの奥底に…」
鍵を探すがどこにも見当たらない。
店に置いてきてしまった楓くん、それで仕方なく隣の仁の部屋に。
鞄を探し回っても鍵が見当たらない。
「……どっかに落としたとか?」
「そんな…あっ……もしかしたら…今日お店閉めるときにスタッフルームに置いてきちゃったのかもしれないです…」
店に落とした可能性に気づくと
「しょうがないし……ウチ入る?」
「えっ、いいんですか?」
「じゃないと楓くん野宿する羽目なるだろうし」
「何から何まですみません…!」
「別に。鍵開けるから待ってて」
「ありがとうございます……」
仁さんが自分の部屋の鍵を開け、ドアを引いてくれた。
「ほら、入って」
仁さんがドアを押さえて待っていてくれる。
「お邪魔します…」
玄関に一歩二歩、足を踏み入れた瞬間
アルコールの余韻なのか
彼の存在が近くに感じたせいか
身体がふわっと浮いたような感覚になり
その拍子にバランスを崩してしまい、仁さんに抱き止められた。
「っと……ほんと大丈夫か?」
「す、すみません……」
「ちょっとここで待ってな、水持ってくるから」
そう言って仁さんは部屋に入って行った。
その姿を見送ると、ふらつきながら壁に寄りかかり、靴を脱ぐ。
そのまま壁に沿って腰を下ろし、眠気に抗うように床に座り込んだ。
「楓くん、水……て、大丈夫?」
仁さんがグラスに入った水を持ってきてくれて顔を覗き込むように見てくる。
俺は仁さんの顔を見上げた。
「だ、大丈夫れす……」
「楓くん……だいぶ酔ってるね?」
仁さんが差し出してくれた水を口にすると、冷たい感覚が喉を通って体に染み渡る。
一口、また一口と飲み干すうちに、頭の中の靄が晴れていくように酔いが引いていくのを感じた。
「ち…ちょっと、酔い覚めてきました」
「よかった、とりあえず今日は泊まっていきな」
そう言われて頷くと、仁さんは優しく俺の腕を取って立ち上がらせてくれる。
そうして仁さんの部屋に上がった。
「ほらここ。ベッド使っていいから」
「えっ、いいですよ!俺が床で寝ますから」
「いいからいいから。俺はソファで寝るし」
「えぇ…でも……」
仁さんがベッドを指さしてそう言ったので恐縮しながら断ろうとすると
「楓くんが風邪ひく方が心配だからさ」
そう言われて仕方なくベッドに入る。
「うわ……ふかふか」
「寝心地抜群だからさ」
「……ありがとうございます」
ベッドの寝心地の良さに驚くと仁さんは嬉しそうに笑った。
「じゃ、電気消すよ」
そう言って部屋の照明を消すと、薄暗い部屋の中に柔らかな月明かりが差し込む。
仁さんがソファに横になる音を聞きながら、俺は毛布を引き寄せた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
気配が消え、静寂が訪れる。
ふかふかのベッドに体が沈み込み
あっという間に意識が遠のいていった。
◆◇◆◇
それからどれくらい時間が経っただろう。
ふと、肌に触れる空気がひやりとして目が覚めた。
半開きの瞼の奥で、仁さんがすぐそばに立っているのが見える。
どうやら寝返りを打って、毛布が床に落ちてしまったのか、分からないが。
仁さんはそれを丁寧に拾い上げ、俺の肩までかけ直してくれる。
その優しい手つきに、再びまどろみそうになる。
仁さんがそっと、しかしじっと俺を見つめている気配がした。
「…本当、無防備だな」
熱を帯びた、それでいて切なさを孕んだ呟きが耳に届く。その声に、意識が浮上しかける。
(仁、さん……?)
と、寝ぼけた声が漏れそうになった。
すると、さらにか細い声が背後から聞こえてくる。
「楓に、好きだって言えたらな…」
その言葉が脳に届いた瞬間、再び瞼が重くなった。
深い眠りに落ちていくのを感じながら、あれは夢だったのだろうか、とぼんやり思った。
◆◇◆◇
翌朝
目が覚めると、昨夜の出来事が走馬灯のように頭を駆け巡った。
仁さんの呟き
夢だったのか、それとも──…
確が持てないまま、俺はゆっくりと体を起こした。