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それから数日後の昼間
久しぶりに、健司から電話がかかってきた。
「今晩、飲み行かね?」
健司の誘いに、二つ返事で頷いた。
結局、俺の家の近くで飲もうということになり、しばらくして健司がビニール袋を提げてやってきた。
見慣れた、少し気だるげな表情。
「楓、久々だなー!元気だったか?」
「まあ、元気だけどさ……一ヶ月前に急に発情期来て、大変だったんだよ」
健司の眉がピクリと動いた。
「は?お前、再発したんだ?よかったじゃん」
「…まあ。よかった、のかな」
正直なところ、発情期が再発したことにまだ戸惑いがあった。
安定していた生活が、また少し揺らぎ始めたような感覚。
「んだよ釈然としねぇな~。発情しない機能不全2
より、そっちのがいいだろ」
その軽口に、なんだか懐かしさが混ざって肩の力が抜けた。
健司の顔を見ると、心のどこかでほっとする。
昔から、こいつのぶっきらぼうな優しさに救われてきた。
「ま、いいわ。缶のやつ六本買ってきたし、飲もう
ぜ」
「やった。俺もちょうど飲みたかったとこ」
そう言って、二人で缶を開けて乾杯の音を鳴らす。
カシュッという音とともに、微かにアルコールの匂いが漂った。
一気に流し込むと、喉を通る炭酸とアルコールの刺激に全身がしゃっきりする。
「あー!生き返るな!」と健司が声を上げた。
俺も同じ気持ちだった。
「しかもこれ、俺が気になってたやつじゃん。さす
が健司」
「当たり前だろ?高校からの仲なんだからお前の好みくらい手に取るように分かるわ」
健司は得意げに笑った。
自然にお互いのプライベートの話に移る
相変わらず料理が苦手らしく、外食ばかりだとぼやき始めた。
「はは、俺もめんどいときはUberとかだよ」
「マジで?あんだけ健康管理にうるさかった楓が?」
「あの頃とは違うんだって」
自然と笑いあいながら、他愛もない話をしているうちに
気づけば缶の山がテーブルの端に積まれていく。
和やかな空気に、健司が突然
持ってきたビニール袋をごそごそと漁り始めた。
「そういやさ、楓。これ、お前にもいいかと思って
さー」
ニヤニヤしながら取り出したのは
パッケージに女性が写っているDVDの束だった。
「じゃじゃーん!最新作だぜ!これとか、絶対お前の好みだって!」
健司は自信満々に俺の前に突き出す。
「いらなすぎ。健司ってばマジで何持ってきてんだよ」
俺は即座に突き返したが、健司はめげない。
「えー、なんでだよ!お前、最近そういうの見て
んの?」
「見てないし。てか、健司の好み押し付けないで」
「だーかーらー、お前のも聞いた上で厳選してきたっての!なんだよ、お前がどんなのが好きなのか、当ててやろうか?」
健司は缶を片手に、わざとらしく腕を組み始めた。
その顔は、まるで高校生の頃のまま。
「ま、お前は絶対、清楚系でちょっとおどおどしてるタイプが好きだろ?で、普段は地味なのに、実はすごい大胆な一面があったりしてさ……」
「うわ、もういいから!気持ち悪いわ!」
俺は全力で否定したが、健司はニヤニヤが止まらない。
「違うって否定しないってことは、図星だな?俺にはわかるぜ、楓の性癖!」
「性癖とか言うな!」
俺は健司の肩を小突いたが、こいつはまったく懲りない。むしろ、さらに悪ノリを始めた。
「じゃあさ、髪はロング?ショート?メガネは?」
「身長は、お前よりちょっと低めがいいよな?で、声はさ……」
「あーもう!勝手に妄想してる!」
俺は呆れてため息をついた。
いつまで経っても、こいつと俺の関係はこんな風に男子高校生のノリから抜け出せない。
でも、それが心地よかったりもする。
それから数十分話し込んで、自然と無言になったとき
「そういやさ、例の仁さんとは上手くいってん
の?」
突然の話題に、思わず手が止まる。
缶を置く音が、やけに大きく響いた気がした。
「上手く……?まあ、発情期の時も、たまたま鉢合わせた仁さんが薬買いに行ってくれて助けられた
し」
あの時のことを思い出すと、今でも少し顔が熱くなる。
まさか、あんなひどい状態を見られるなんて。
「日頃のお礼も兼ねて、この間一緒に飲みにも行ったし。普通に、仁さんとの友人関係は順調かな」
「へえ……充実してるってわけか」
健司が缶を口元に運びながら、ぽつりとつぶやく。
その声は、どこか諦めにも似た響きがあった。
「はあー……うらやまし」
「そんなことないって」
口では否定しながらも、俺の胸の奥にはまだ
数日前の夜中に聞いたあの小さな声が残っていた。
『楓くんに、好きだって言えたらな』
夢だったのか、それとも現実だったのか。
未だに、その区別がつかない。
あの声が本当に仁さんのものだったのか。
そして、もしそうだったとしたら、それは一体どういう意味なのか。
「…夢にしては、ハッキリしてたような……」
ふと漏れた独り言に、健司が「なにが?」と首を傾げた。
「え?あ、なんでもない!」
俺は慌てて誤魔化して、またひと口と酒を含んだ。
喉を通るアルコールの熱さが、微かに残る胸のざわつきを鎮めてくれるようだった。
でも、この疑問は、簡単には消えてくれそうにない。
◆◇◆◇
次の日の夜───…
仕事帰り、俺はふと思い立って
以前、仁さんが行きつけと言っていたバーへ足を運んでみた。
ひとりでバーなんて、いつぶりだろう。
少し背伸びした気分でドアを開けると
カウンターの奥のテーブル席に見知った顔があった。
「…あれ、将暉さん?」
俺の声に、将暉さんが振り向いた。
満面の笑みで俺を指差す。
「お、楓ちゃん?奇遇じゃ~ん!こっちは瑞希。前話してた番の子!」
隣に座っていた、見るからにやんちゃそうな男の人がにこやかにこちらを見た。
「あ、初めまして、楓です」
「ども。瑞希っす。あの犬飼と仲良しのだよね?」
「あはは、はい、お隣さんでもあるので…」
言いよどんだ俺の肩をぽんぽん叩いて、将暉さんが笑いながら言った。
「まぁ座んなよ。せっかくだし仁も呼ぼっかな〜?あいつ今ヒマしてどうせタバコ吸ってるだけだろーし」
そう言って電話をかけた将暉さんは、堂々とスピーカーに切り替える。
俺は内心、こんなに大っぴらにしていいのかとヒヤヒヤした。
「仁?今ヒマだよねー?」
《あ?仕事落ち着いて一服してるとこなんだよ》
「つまり暇ってことじゃん。ねね、今からいつものバー来てよ」
《気分じゃない》
将暉さんが、ニヤニヤしながら俺のほうを見て言った。
「なるほどなるほど〜。じゃあいま楓くん隣にいるって言っても?」
《…は?…..楓くんそこにいんの?》
電話口越しに驚いている様子の仁さんに、俺は将暉さんの代わりに声を出す。
「いますよー、前に仁さんが行きつけって言ってたので仕事帰りに入ってみたらバッタリ会ったんです」
《……行く、即行くから。楓くん、あんま酒飲みすぎないようにな。酔うと1人で歩けないんだからさ》
電話が切れたあと、将暉さんが悪戯っぽくニヤつきながら俺のほうを見た。
「走って来るねぇ、あれは」
「あーあ、恋してんな〜」
「恋?だれが誰に…?」
将暉さんは呆れたように、でも楽しそうに言った。
「だーかーらー、じんが楓ちゃんに」
「え、ええっ?なにいって…」
将暉さんは俺の反応を見て、さらに楽しそうに続ける。
「思った通り、楓ちゃん全然気づいてないんだぁ」
「え?気付くもなにも……そんな素振り一度もなくないですか?」
瑞希も呆れたように首を振る。
「あんたさ、鈍感すぎない?普通男友達にここまで過保護なって今から行くとか言わないでしょ笑」
「え……で、でもそれだけでしょ?仁さんは俺のこと心配してるだけだと思うんだけど…?」
俺がとぼければ将暉さんは、たたみかけるように言った。
「でも危ない時とか駆けつけてくれて3回ぐらい助けられて?好意とか感じたこと1回はあるんじゃない?」
「そ、それは……ないことはないですけど…っ」
今度は瑞希が身を乗り出すように尋ねてきた。
「えっ、あるの!?」
瑞希くんは目をキラキラさせて俺を促す。
「俺らに聞かせなさい」
二人の圧に押され、俺はグラスの縁を指先で撫でながら、ぽつりと漏らした。
「……この前、仁さんに泊めてもらったとき。夜中に『楓くんに、好きだって言えたらな』って……」
俺の言葉に、瑞希くんはグラスをガタンと置いて
「それまじで?!」と食いついてくるが
「でも夢だったのか現実だったのか、俺もよくわかんないんです」
と返せば、将暉さんが意味ありげに
「へえええ〜〜……」と唸り、瑞希は確信したように言った。
「絶対恋じゃん」
将暉さんと瑞希がふっとニヤリと笑って
将暉さんが続ける。
「もしも、じんが楓ちゃんに好きって言ってきたら、どーするの?」
「えっ!?いやいや、そんな、仁さんが俺のこと……好きとか、あるわけ…」
慌てて笑い飛ばそうとするが、なんとなくその笑いは引きつっていた。
そこに瑞希が追い打ちをかけてくる。
「もしもの話だよ、もしもの…ね?」
彼の意地悪な追撃に、俺が口ごもろうとしたそのとき───
バーカウンターの向こうから、低くて落ち着いた声が聞こえた。
「楓くん、本当に来てたんだ」
仁さんだった。
ラフな格好で、でも髪は軽くセットされていて
あまりにも自然に“ここにいるべき人”みたいな顔して入ってくる。
「あっ、仁さん……!」
全員そろったところで、グラスが並び、和やかに会話が弾んでいく。
けれど──俺は酒に弱い。
案の定、グラスを5杯ほど空けたところで、赤い顔をカウンターに突っ伏してしまった。
「うう……なんかあったま、ぽわぽわする…」
仁さんが笑いながら水を差し出す。
「ほら、水飲んで。今日は鍵無くしてない?」
そのとき、俺はふと顔を上げて、隣の仁さんのほうを見た。
「ありますけど、仁さん…つかぬ事を聞いてもいいですか?」
「ん?」
「俺の勘違いならそれでいいんですけど、この前、仁さんの家に泊めてもらった夜…」
仁さんが動きを止める。
「…『楓くんに、好きだって言えたらな……」とか言ってませんでした?」