テラーノベル
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人は本物の恋をするとこんなにも幸せそうになるのか、と蓮を見ていて、俺は初めて学んだ。そして蓮が今まで自分に向けていた感情は、やはりまがいものに過ぎなかったのだと理解した。何というか、鮮度が違うのだ。
蓮は俺には恋の事実を教えてくれなかったし、そして教えてくれなかったということは、おそらく道具でしかない俺を少しは人のように思って、気遣ってくれていたということだ。だからそのこと自体はとても嬉しく思っている。
部屋で蓮と話をしていると、突如インターフォンが鳴った。カメラを覗きにいく蓮の、驚いた表情が予め決められた約束ではなかったことを物語っている。余裕なく蓮は玄関へ行くと、部屋に、ある人を招き入れた。
阿部さんだった。
入って来て彼はまず、俺と目が合い、明らかに狼狽えた。蓮も慌てた。
「あ、これ、人形。いい歳の大人が恥ずかしいんだけど…」
「人形?」
「そう。人工的に作られた、友達、みたいな…」
しどろもどろに俺のことを説明する蓮の言葉をひとつひとつ丁寧に咀嚼するように理解する聡明な瞳は、少しずつ落ち着いて来た。阿部さんは、人懐こい笑みを浮かべると気さくに俺に手を伸ばした。
「初めまして。目黒さんとお付き合いさせていただいてます、阿部亮平と言います」
ニッコリ笑う可愛らしい笑顔に、こちらも笑顔を浮かべ、友好的に手を差し出して握手を交わした。この人も蓮のように、俺を機械だからって下に見たりしないんだ…。その振る舞いに感動を覚える。
「初めまして」
阿部さんは小首を傾げた。
「凄い。本物の人間かと思っちゃうけど、瞳が少し、特殊なんだね」
「青みがかってるでしょう。この色は人形と識別できるようにわざとそうしてあるんだって」
いつか俺から蓮に話したことを、蓮がすらすらと説明するのは少しくすぐったい感じがした。
「それにしても急にどうしたの?」
「ん。急に会いたくなって来ちゃった」
「嬉しいけど、連絡くらいはしてよ?」
二人のキスを見守っていると、視線に気づいた蓮が俺の方を見た。
「子供には目の毒」
「ばか…」
笑い合う二人を見て、胸の辺りが軋むような音がした。それが幻聴なのだと気づくまでに少し時間がかかった。
それでも見られていることが気になるのか、蓮はちらちらと俺を見ていた。阿部さんは、そんな蓮を見て不思議そうにしている。
「俺、隣の部屋に行くね…」
そう言うと、蓮の顔がほっとしたように緩み、視界の隅で、ソファに阿部さんをゆっくりと押し倒すのが見えた。
二人は今日初めて繋がるんだろうか?
それとももっと以前から?
胸の奥の軋む幻聴が止まない。
心臓なんてないはずなのに、ドクドクと血が流れるような熱を感じる。
「熱……?」
今、愛されているわけでもないのに、身体が発熱しているのを感じた。
客間の椅子に腰を下ろし、ほう、と息を吐く。信じられないことに、下半身が反応していた。後ろも濡れている。蓮に抱かれているわけでもないのに、二人の甘い囁くような声を聞きながら、俺は自分で自分を慰め始めた。
俺たちの身体から分泌される体液は、すべてニセモノだ。本物に似せた、でも、後処理がそれほど必要のないその液体はほぼ様々な水でできていて、すぐに蒸発して消えた。何の意味もない液体。今、目から流れる涙に似せた体液もただただ無意味なものでしかなかった。
自己表現がこうしたことしかできない俺を、俺自身で嘲笑う。所詮ラブドールはラブドールでしかない。それ以上でもそれ以下でもないのだ。
この世界のどこに、自慰行為をするラブドールがいるんだよ……
きっと俺は失敗作なんだ。
博士も何か言っていたっけ。
ああ、そうだ。
あの時思い出した記憶。見ないようにしていた映像が、今まさに目の前で再現されるかのように思い出される。
『いいかい?
どうしても終わりにしたくなったら、このプログラムを起動するんだ。これは私が特別にお前を愛している証拠だ。このプログラムは、唯一お前にしか搭載していない。
shota オリジナルモデル
お前は世界に一つしかない、私の芸術品なんだよ。我が息子よ、愛している。では、さようなら。
私は私を終わらせる。
………私もお前のような機械の身体に生まれたかったものだ』
俺の生みの親は、そんな言葉を遺して、目の前で自らの首を吊ってその生を無駄に閉じた。
どうして今まで忘れていたんだろう。
『自己破壊プログラム』
俺の脳内のチップには、それが初めから搭載されている。封印されていたギミックは、こうして必要に応じて取り出されるのだ。
コメント
5件
アップありがとうございます。 まさかの展開です。
これは悲しいパターンか🥺🥺💙