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うーー、と、タマが犬らしく唸った。
「常春《つねはる》様、その前に、タマの仇を取ってかまいませんか!」
そのつぶらな瞳は、つり上がり、ただ一点を、見定めている。
一同、その方角を望むが、そう、新《あらた》が、縄で、す巻き状態に縛られ横たわっていた。
何故か、顔は、一瞬、判別出来ないほど腫れ上がっている。
「うーん、かれこれの、処罰は、受けている模様。タマは、さて、どういたしましょうか」
むむむ、と、タマは、考え込んでいたが、どこか、底意地悪く、口角をあげると、ちょこちょこと、皆の足元をくぐり抜け、新の元へ行き、顔へ登る。
同時に、ブッー、という音が、響き、うわっっ!という、皆の声が上がった。
「あーー、すっきりした」
「な、な、なんですかっ、うあーー!かか様ーー!」
何気に、すっとした顔付きになった、タマの脇では、気を失っていた、鍾馗《しょうき》が、起き上がった。
「くっさーい!タマ!何これ!!」
「こ、これは、なんじゃっ!」
「タマ!何事ですかっ!!お、お前様!は、早く、扉を開けてっ!!」
わいわいと、タマのしでかしに、騒ぐ一同とは、また、異なる、新《あらた》の叫び声がした。
「ふふふ、どうですか!参りましたか!この、極悪人めっ!!」
タマが、新に向かって、極悪非道な顔を突きつけた。
まともに、タマの、しでかしを食らった新は、完全に伸びている。
「あわわ、かか様!これは!」
「鍾馗や、お前、少し、いえ、もっと鍛錬なさい。紗愛《さな》も、危なかったんですよ。まったく、体だけ、大きくなって、本当に……」
橘の、愚痴に、鍾馗は、正座してうつ向きながら、もっともですとばかりに、頷いている。
「髭モジャよ、この、匂いの元は、やはり、子犬か?物凄い、番犬じゃのお」
「いやー、番は、とくにしてなかったのじゃがなあ、知らず知らずのうちに、こんなことになっておった」
で、この、極悪人、どうするおつもりですか、検非違使様!!と、タマが、意味深にニヤケながら、崇高《むねたか》の、足元へじゃれついた。
「やや、タマよ、そんなことしておったら、崇高に、間違って蹴られるぞ!」
髭モジャの、助言に、タマは、慌てて、飛び退いた。
「ですよね、あぶなかったなぁーもおー」
「うん、何やら、子犬よ、考えがあるようじゃが?話してくれまいか?」
と、崇高が、言う。
「えっとですねー、新を、市中引き回しにするのです!せっかく、す巻きになってるし、タマの一撃で、気を失っている、これは、絶好の機会では?!」
つまり、見せしめにしろと、タマは、言っているのだ。
確かに。
琵琶法師と、組んでいるならば、他の屋敷にも、ちょっかいを出している、そして、これからも出すはずだ。
派手に、引きずり回せば、琵琶法師の方が、新との縁を切るだろう。
まあ、それで、悪党が、いなくなるわけではないが、こちらは、それ以上の事をされようとした、いや、既にされている。それ相応の見返りを与えてやるのも、検非違使の勤めではないか、と、髭モジャも、元同僚へ口添えした。
「なるほどな、見せしめ、は、大事よ。皆の気持ちも、引き締まる」
「ですが、上の命を、受けていないのでは?」
常春が、言った。
紗奈と、髭モジャの、そもそものやり合いを、知っているだけに、色々な兼ね合いを心配しているのだ。
「あー、それなら、気を失っている、人間を運んでいるだけ、と、馬にでも引かせれば宜しいのですよ」
橘が、あっけらかんとではあるが、かなり大胆なことを言った。
「うーん、それなら、若の方が力があるぞ、新を、若に、引かせ、検非違使庁の詰め所まで、運べばよい」
なんか、むちゃくちゃ。
紗奈が、ごちる。
「でも、その隙に、あなたは達、移動できるでしょ?」
橘が言う。
確かに、そうでなくとも、都の野次馬で、紗奈を知らないものはいない。そして、かれこれ、騒動を起こしている。
「うん、そうですね、髭モジャ様、できるだけ派手に、お願いします。その間に私どもは……」
「じゃ!常春様?タマが、近道で、晴康《はるやす》様の御屋敷まで、お連れすれば、常春様も、上野様も、人目につきませんよね!」
あっ、そうかもしれない。タマ頼むよと、常春は言った。
正直、常春は、どこへ行こうとかまわなかった。妹、紗奈へ向けられる、好奇の目から逃れられるのなら。そして、この、大納言家と、関わりを絶ちきる事ができるのなら。