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美花が、足元の石畳の溝に視線を落とし、ふふっと唇を緩ませた。
目尻に突かれている眼差しを感じ取った瞬間、美花の手が再び大きな温もりに覆われていく。
「上着を掛けてくれた男が、俺が初めてって……。今さら、こんな事を聞くのもアレだが…………君だって、過去に恋人の一人や二人、いた事はあったんだろ?」
「…………」
やんわりと詰問をされているような圭の口調に、美花は、ぎこちなく肯首させた。
「今も…………彼は……いたりする……のか?」
「数年以上前に…………初めて付き合った彼がいた…………け……ど……」
脱力していくように、言葉を曖昧にさせていく美花は、その先の言葉を、圭には繋げられなかった。
(…………私、病気の事で…………当時の彼に……振られちゃったんだよね……)
薄茶の瞳の奥が、次第にピリピリと痺れ、熱を孕んでいくのを感じると、喉元で痞えていた言葉を、美花は何とか嚥下させた。
「私…………恋を……しては…………ダメなんっ……っ……だよっ……」
美花の感情を押し潰した声色に、彼女の手を握っていた圭の指先の力が抜け落ちる。
「…………どういう事だ?」
「…………っ……」
地を這うような圭の低い声に、美花の肩が強張った。
(…………おにーさんに病気の事を伝えたら……私…………きっと……)
不意に、美花の目の前が白く霞み、初めての彼に言われた凶器のような言葉が、フラッシュバックしていく。
── 女として不良品
── 女の欠陥品
とてつもなくやり切れない思いが、喉元を迫り上がっていくと、視界は歪み、身体が大きく震え出し、美花は堪らず口元を右手で覆い被せた。
「…………美花さん?」
彼女の異変に気付いた圭に、俯き加減の顔を覗き込まれると、美花が静かに頬を濡らしているのを見た彼は、涼しげな目元をピクリとさせ、言葉を失っているようだった。
圭から射抜かれている状態から逃れたくて、彼女が顔を背けた刹那。
勁い腕に引き寄せられ、圭の胸の中に閉じ込められていた。
「っ!」
小さな頭が、適度に筋肉の付いた胸板に抱え込まれ、美花は圭の腕から逃れようとした。
「おっ……おにーさんのワイシャツ…………汚れちゃ──」
「いいから!」
もがけばもがくほど、彼の腕に力が込められていき、繊麗な身体を捉え、離そうとしない。
「ワイ……シャツ…………よごれ……ちゃ…………よご…………れ……ちゃ……っ……」
圭の胸に顔を埋めている状態でも、美花が、うわごとのように言葉を零していると、上質な白いワイシャツに、彼女の雫の痕跡が重ねられていった。
#シングルファザー