コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
大きな壺に両手を添えて薬草粉砕の為の風魔法を行使しながら、葉月はちらりと魔法の師を覗き見た。
普段は穏やかなベルが明らかにイライラしている。大鍋をかき混ぜる動作は一際雑だし、ずっと眉を寄せた険しい表情のまま固まっている。肩で息を吐いたり、何度も大きな溜息をついたりして本人なりに落ち着く努力はしているようだったが、効果はない。
それもそのはず、二人が調薬している小部屋の隅には、ニコニコと満面の笑みで立つジョセフの姿。
「まだ居るの?」
「ああ。気にしないで、続けてくれて構わないよ」
そうじゃなくて! と声を荒げそうになるのをぐっと抑えて、ベルは耐えるように下唇を噛んだ。気が散るから、と露骨に怒ってみても気にしないでくれと返って来るだけで一向に出て行こうとしない。服が汚れるわよ、と遠巻きに追い出そうとしてもみたが、気を使ってくれるんだ、優しいねと嬉しそうに笑い返されるだけだった。
作業しているところを少し見たいと言うから、少しだけのつもりで案内してから、ずっと居座り続けられていた。
声を掛けられる訳でもなく、横から余計な手を出される訳でもない。ただ居るだけだけど、広くはない作業部屋の隅から長身のジョセフがずっとこちらを見ている状況に不快感。言ってみれば、視線が邪魔、なのだ。
最初こそ、部屋で一緒に作業している葉月にも興味を示していろいろと質問したりしていたが、一通り聞き終わった後はずっとベルに熱視線を送り続けていた。
視界に入らないように作業してるつもりでも、ベルは見られてる気配が気になってしょうがない。
いつもは作業しながら葉月と雑談していたのに、今日は部外者がいるせいで調薬に関する会話以外は全然続かない。気まずいのか気を使っているのか、葉月の方からは話しかけてくることがほとんどない。ただただ無言の時間が流れていた。こんなにつまらない薬作りは久しぶりだわ、と壁際の従兄弟を睨みつける。が、目が合ったと喜ばれてしまい、逆効果だった。
作業工程の見学をしたいのかと思いきや、作業しているベルの姿を見ていたいだけ。ジョセフとしては、会えなかった時間を取り戻したい一心だ。そして、元婚約者を見つめていられる至福のひと時でもあった。
「そう言えば、どこかのお嬢さんとのお見合いはどうだったの?」
イライラが限界に達して、ベルは彼が一番嫌がるだろう話題を振ってみた。案の定、ジョセフは怪訝な顔になる。想い人からお見合いの話をされて嬉しい訳がない。
「ああ、シュコールのな」
「お隣ね、近くて良いわね」
長くに渡って友好的な関係にある隣接したシュコール領。森を含めた自然が豊かで穏やかなグランとは正反対の、冒険者や旅人の集う賑やかな領だ。若干、賑やか過ぎて治安に不安はあるかもしれないが、活気溢れる領地だ。
魔獣討伐の目的でシュコールの冒険者や狩人がグランの森を訪問してくることはよくある。そういった彼らにもベルの作る薬はとても人気があった。
「どんな方だったの?」
「若かった。葉月殿と同じくらいじゃないかな」
お見合い相手の印象は若さ以外になかったらしい。ベルと同じ24歳のジョセフとはつり合いも取れるとは思うのだが、それ以上の感想は無いようだった。
「次はあなたが向こうへ?」
お見合いはグラン領内で行われたと聞いているので、次は彼が訪問する番だ。互いの領地を行き来して親族とも親交を深めていくのが習わしだ。ジョセフがシュコールを訪れている間は平和になるわ、という期待も込める。
「いや、行かないよ」
「どうして?」
「元々、お見合いなんてする必要はないからね。僕にはベルがいるから」
横で聞きながら作業していた葉月は吹き出しそうになるのを堪えた。壺の陰に隠れて、小さく肩を震わせていた。ベルやマーサから噂程度には聞いていたが、ここまで真っ直ぐ過ぎると笑えてくる。お見合い相手が不憫でならない。
嫌がる話題で追い出す作戦だったはずが、興味本位でつい突っ込んで聞いてしまったばかりに、今度はベルの嫌な話題にすり替わってしまった。
そういうのはもういいから! とジョセフの背中を押して、力づくで部屋から追い出した。最初からこうすれば良かったわ、とベルがはぁっと大きく息を吐いた。
そして、葉月の方をキッと睨みつける。
「もうっ、笑い過ぎよ!」
落ち着く為か、ポットに手を伸ばして薬草茶を淹れる準備を始める。魔力は使っていないけれど、何故かどっと疲れた気がする。
「葉月も飲むでしょう?」
「いただきます」