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森の魔女の指示に従いながら、葉月は初めて大鍋で薬草を煮詰めていた。微妙な火加減を調整しつつ魔法を発動しながら、木べらで混ぜる作業も並行しなくてはならない。思っていたよりも集中力が要る。
細かく粉砕した薬草を魔法で作り出した純水と混ぜて、火にかける。ぐつぐつと沸いてきたらアクなどの不純物を取り除きつつ煮出す。煮出し切ったら冷ましてから丁寧に濾過し、その薬の成分だけを集めて精製の魔法をかける。
濾過した直後には濃い茶色だった液体が、精製すると薄い緑や青へと色を変えていく様は幻想的だ。魔法により不要な色素も取り除かれることで、純粋な薬の効果が活きてくるのだ。
飲み薬なら液体のままで瓶詰めするが、傷薬のようなゲル状の塗り薬は精製後にさらに煮詰めて水分を飛ばす。複数の薬草を使う回復薬などは精製し終えた液体を配合した後、それぞれの成分を馴染ませる為にもう一度精製をかける作業がある。どちらも他の薬に比べると少し手間がかかる。
いつもなら、面倒だわと愚痴を言ってそうなベルだったが、今日はその手間のかかる薬を率先して作っていた。街の薬店へ現れる謎の行商人は回復薬と傷薬を特に優先して買い取っていくと聞いているからだ。
それらの買い取られた薬がどこで売り捌かれているのかはまだ分からない。店主から聞き取った横流し価格では、グラン領内で売るとなると利は全く無い。なので間違いなく領外か、あるいは国外か。
今作っている薬を夕方の納品として庭師に運んで貰った後、例の商人が仕入れに現れるのを待ち伏せする寸法だ。密かに店で待機しているのは腕の立つ領主付きの騎士達。決してジョセフではない。
客の出入りを見張られている可能性もあるので、騎士は朝の早い内から店の裏口を使ってすでに入り込んでいるはずだ。
「不自然じゃない量って、どれくらいかしら?」
最近の納品書を確認しながら、眉を寄せる。いつもと同じ納品を装わなくてはいけないから、多すぎず少なすぎずの量を試算する。
「なんか、楽しそうですね」
「ふふふ。そうかしら?」
どう見ても、生き生きとしている。自分の薬が許可していないところで売買されていることに憤りは感じているようだったが、それ以上に楽しそうに見える。
「直接に何かする訳じゃないから、楽よね」
捕まえたり、尋問したりという面倒なことは丸投げで良いのだから。薬を庭師に託した後は、特にすることは何もない。後の処理は手慣れた人達でやってくれる。
「念の為に追跡魔法か何かを付けようかとも思ったけど、違う人に買われるかもしれないのよねぇ」
やっぱり何か仕込もうとしてた……。ケヴィン先生からも手紙の件では「あれは悪戯としてはタチが悪過ぎます」とかなり文句を言われていたのに、反省していないようだ。
納品する本数を決めると、空の木箱に種類ごとに詰めていく。そしてそれはいつものように作業部屋の扉の前に積んで置いた。今回のことは老人には話してはいない。彼はいつも通りに薬店に運んでくれるはずだ。
クロードが館からの帰りに薬店へ立ち寄ると、顔見知りの若い店主はぎこちない笑顔ながらもいつもと同じように木箱を受け取り、納品書と中身を照らし合わせた。受け取りのサインを書く手が若干震えているようにも見えたが、寒くなってきたせいだろうと特に気に留めることなく、老人は店を後にした。本邸に荷馬車を戻せば、その日の彼の仕事はお終いだ。
庭師の乗った馬が通りから見えなくなった頃、幌付きの馬車が薬店の前に横付けされた。降りて来たのはスーツを着た小太りな男と、冒険者崩れといった風な険しい顔の背の高い男。背の高い方は護衛だろうか、腰には剣を携えている。
二人は薬店の扉を押し開けると、狭い店内をぐるりと見回した。今しがた運ばれて来た木箱は陳列棚の下に積み上げられている。その中身をちらりと覗き見すると満足そうに頷いて、小太りな男が白々しく聞いてきた。
「今は何の薬ならあるかな?」
「あ、えっと、回復薬と傷薬が納品されたばかりで……」
自然に対応しろと指示されてはいたけれど、幾分か声が小さくなる。目を合わせて話す自信がなかったので、俯いて納品書を確認するふりを通した。
「なら、あるだけ全部を頼む」
「はい……あ、いや、店に並べる分は残して貰わないと」
いつも通りにするとしたら、店で扱う分は確保するはずだ。普段の自分のやり取りを思い出しながら、いつも通りを演じる。
「頼むよ。しばらく来れそうにないから、あるだけを頼むよ」
「そう言われても……」
全部持っていかれると困りますよ、とそれっぽいことを言い返すと、行商人はすぐに引き下がり、とりあえず出せる分だけ出してくれと懐から財布を取り出した。
「しばらくって、どこに売りに行くつもりなんだ?」
勢いよく扉を開いて店の奥から現れたのは、三人の騎士。領主付きの騎士団の中でも剣術に優れた精鋭だ。すぐに一人が入口付近に回り込み、残りの二人が行商人と護衛の前を立ち塞いだ。
「な、何っ……?!」
「グラン領主の命により、詳しく話を聞かせていただこうか」
二人が連行されていくのを遠巻きに見ているしかなかった若い店主は、店のカウンターの中でヘナヘナと崩れた。万が一、あの護衛が剣を抜いて暴れ出しでもしたらと心配だったが、おとなしく確保されたのでホッとした。あっさりと捕まっていたところを見ると、どうやら見かけ倒しだったようだ。