テラーノベル
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その頃MW編集部では、龍河と忍が何日も泊まり込みながら、縁教団に関する情報を一つでも多く集めようと調査を続けていた。
パソコンの画面には、新聞記事や古い資料、地図データが幾重にも並ぶ。
龍河はコンビニで買ってきたおにぎりを頬張りながら、画面を食い入るように見つめていた。
(何かないか・・・)
焦燥だけが募る。
(どんな些細な情報でもいいんだ)
一つでも手掛かりが欲しい。
その時だった。
「馬場!ちょっと来い」
忍の大きな声が編集部に響く。
龍河は口いっぱいに頬張っていたおにぎりを、ペットボトルのお茶で無理やり流し込み、小走りで忍のデスクへ向かった。
「はい」
息を整えながら尋ねる。
「どうしました?」
忍はモニターを指差した。
「気になる事を見つけたんだ」
龍河の表情が引き締まる。
「何があったんスか?」
忍は静かに問い掛けた。
「確か霊貴冥孤は、 教団が保有する村は
奥多摩に あるって言ってたんだよな?」
「ええ・・・霊貴冥孤からは
そう聞いてますけど
それがどうかしたんスか?」
忍は一枚の紙を龍河へ差し出した。
「これを見てみろ」
龍河は紙を受け取り、目を落とす。
そこには奥多摩周辺の古い地図が印刷されていた。
その地図には、小河内ダムや檜原村、奥多摩町や御前山などが書き記されている。
「これ・・・地図っスか?」
「ああ」
忍は頷く。
「奥多摩に絞って調べてたら、知り合いに
当時の地図帳の一部をFAXしてもらった」
龍河は首を傾げる。
「知り合い?」
忍はどこか誇らしげに笑った。
「知り合いに熱狂的な地図帳マニアが居てな」
龍河は思わず苦笑する。
「VHSマニアに時刻表マニア
今回は地図帳マニアっスか・・
なんか変な知り合い多くないっスか?」
忍は眉をひそめた。
「バカにすんなよ?」
胸を張って言い切る。
「『ひとつの事を突き詰めてる
プロフェッショナル』そう言えバカ」
龍河は慌てて頭を下げた。
#普通
野々さくら
543
805
44
ありあ
159
「あ、すいません」
そして改めて地図へ目を戻す。
「で? その当時ってのは
具体的にいつなんスか?」
忍は指で地図の端を叩いた。
「これは『1970年1月』に発売された
地図帳の一部なんだが、次にこれを見ろ」
さらに別の地図を取り出す。
それは最初の地図と同様に、奥多摩近辺の地図だった。
龍河はその2枚の地図を見比べた。
「同じ・・・じゃないっスね」
違和感に気付く。
「この|新開《しがい》村ってのが、後の方には載ってませんね」
そう。忍が後から出した地図には、先ほどの地図には載っていた『新開村』の文字が、綺麗さっぱり消えていた。
「ああ・・・載ってないんだよ」
龍河は首を傾げた。
「それに何か問題があるんスか?」
忍は静かに問い返す。
「最初に見せた地図はな1970年の
1月に発売されたって言ったよな?」
「ええ・・・そうっスね」
「次に見せた地図はな」
一拍置き、意味深に続けた。
「『一部表記に誤りがあった』って
修正版として発売された物なんだ」
龍河は思わず目を見開いた。
「修正版?」
「しかも僅か1か月後の『1970年2月』にな」
「はぁ!?1か月後!?」
龍河は思わず声を上げる。
「なんでそんな短い期間で修正版って
そんな事、現実にあり得るんスか?」
「あり得ないとまでは言わないが、この早さは不自然だ」
忍は腕を組み、静かに続ける。
「地図帳の修正には、少なくとも
数か月は必要だとされてる」
「そ、そうっスよね・・・」
龍河も編集の工程を想像し、その異常さを理解する。
印刷の準備、校正、流通。
それらを1か月で済ませるなど、常識的には考えにくい。
「しかも先に発売した地図帳は──」
忍は低い声で続けた。
「東亰都が『自主回収』したんだそうだ」
「そんなに!?」
龍河はさらに驚く。
「無い村を間違って表記するって
回収するレベルにマズい事なんスか?」
忍は首を横に振った。
「実在する村を間違って表記したんなら
問題はあるだろうが、この件に関しては逆だ」
「た、確かにそうっスね」
存在しない村を書いてしまったというより、存在していた村が、忽然と跡形もなく消えた、そういう方が適切なのかもしれない。
「それに自主回収だってコストがかかるし
色々不自然な点が多すぎだ・・・」
忍は地図を指先で叩く。
「だがな?こうは考えられないか?」
龍河は息をのむ。
「この新開村は1970年1月には確かに存在していた」
その言葉に、編集部の空気が重くなる。
「だが──」
忍の視線が地図の一点へ落ちる。
「翌月の2月には、何かしらの
理由があって無くなってしまった」
「村が・・・無くなった?」
龍河は呆然と呟く。
忍はさらに踏み込む。
「それがもし『国家ぐるみの陰謀』
だったとしたら?」
龍河はゆっくりと顔を上げた。
「それってもしかして、国が村を
消した可能性があるって言いたいんスか?」
「あくまでも可能性の話だ」
忍は冷静に答える。
「よくあるだろ?『疫病が蔓延した村に
火を放って証拠隠滅する』って話」
「まあ、陰謀論とかで割と語られる話ですね」
龍河は苦笑混じりに返す。
しかし忍の表情は変わらない。
「それが現実に行われていたとしたら?」
その一言が、編集部の空気をさらに冷え込ませた。
龍河は唾を飲み込む。
「確かにそれなら──」
頭の中で点と点が線になっていく。
「コストをかけてまで地図帳を自主回収して
僅か1か月後に修正版を発売するって
強引なやり方にも辻褄が合うって事っスね?」
「ああ」
忍は静かに頷いた。
「だが、これには欠点があった」
龍河はすぐに気付く。
「回収しきれない修正前が残るって事っスよね?」
「ああそういう事だ、現に今、俺たちの手元に
修正前がこうして残っているしな・・・」
忍は苦笑する。
「まぁ、おそらくそこまで
考えてる余裕がなかったんだろうな」
「相当焦ってたって事っスね」
「ああ、それも俺の推測を
裏付ける決定打になり得る」
忍は腕を組み、地図を静かに見つめたまま口を開いた。
「国家によって消された可能性がある村に
その近辺にあるとされる天縁教団が保有する村」
重々しい沈黙が流れる。
「何か重要な繋がりがあると思えてならない」
龍河もゆっくりと頷く。
「た、確かに・・・完全に無関係だと
言い切るには、不審な点が多いっスよね」
忍は首を横に振った。
「だが、ここで憶測を語っていても意味がない」
机の上の地図を丁寧に畳みながら言う。
「論より証拠だ」
その一言には、長年現場を歩いてきた記者らしい重みがあった。
「とりあえずは現地に行かなきゃ
始まらない!話はそれからだ」
龍河は即座に立ち上がる。
「なら、すぐに行きましょう」
机の上に広げられた地図を指差した。
「新開村があった場所が地図通りなら
車を使って3時間で行けるはずっスから」
「ああ、そうしよう」
忍も静かに立ち上がる。
二人は手早く取材用のバッグを開き、カメラ、録音機、懐中電灯、予備の電池、地図など、必要な機材を次々と詰め込んでいく。
出発の準備は、ものの数分で整った。
事務所を後にしようとした、その時だった。
──ジリリリリリッ。
静まり返った編集部に、固定電話のベルが鋭く鳴り響く。
龍河は思わず顔をしかめた。
「ったく、何だよ・・」
舌打ち混じりに振り返る。
「こんな時に!」
急かされるように電話へ歩み寄り、苛立った表情のまま受話器を手に取った。
コメント
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第278話、読了しました。地図の修正版と自主回収——この切り口で「存在してた村が消えた」を描くのが、もう推理小説みたいで痺れました。特に忍の「国家ぐるみの陰謀だったとしたら?」で空気が変わるところ、ゾクッとしましたね。龍河が「地図帳マニアの知り合い」に苦笑するシーンも、長い連載で培われた息の合い方が感じられて大好きです。ラストの電話のタイミング、これがまた絶妙な焦らしで……続きが気になって仕方ないです。