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「ねぇ、神さまって、いると思う?」
いつもの屋上。梅雨の切れ間、久しぶりの青空が広がっていた。
だけど、その空の眩しさが逆に鬱陶しくて、美咲は目を細めながら呟いた。
「……そんなの、いないでしょ」
優羅は即答した。
まるで、それをずっと前から決めていたかのように。
「だよね。私たちがこんなに壊れてるのに、いるわけないよね、神さまなんて」
「いたとしても、私たちのことなんて絶対見てないよ」
「……私ね、小さい頃は信じてたの。お願いすれば、どこかでちゃんと救ってくれるって。誰かが見てくれてるって」
「……でも、叶わなかった?」
「うん。願えば願うほど、誰にも届かなくなった。いつの間にか、“自分が壊れてる”って気づいて、それからずっと、神さまなんて信じてない」
美咲は、柵の向こうに足を投げ出すように腰掛けていた。
吹き抜ける風がスカートを揺らし、空の青と街の喧騒が遠くに霞む。
「私たちってさ、もう“救われる側”じゃないんだよね」
「……うん。救われる価値もない、ってこと」
「でも、さ」
「ん?」
「一緒にいれば、救われなくても、生きてはいける気がする」
「それって、もう十分“救い”なんじゃない?」
美咲は目を丸くしてから、ふっと笑った。
「……そっか。じゃあ、神さまなんていなくても、あなたがいればいいんだ」
その言葉に、優羅は何も言えなくなった。
胸の奥で、何かが軋んだ。
まるで、“愛してる”の代わりに投げかけられたような――言葉。
その夜、美咲はひとりで神社に行った。
小さな田舎の祠のような場所。参拝客などいない。
賽銭も入れず、手も合わせず、ただ鳥居の前に立ってつぶやいた。
「あなたがほんとにいるなら、せめてこのまま、ふたりきりのままでいさせてください」
それは願いというより、警告だった。
“この絆を壊すものは、全部消えてしまえばいい”
そんなふうに思っていた。
そして――ふたりの周囲が少しずつ変わり始めたのは、それからだった。
翌週、優羅は保健室に呼び出された。
無断外泊や情緒不安定な言動を、生徒指導の教師が見ていたらしい。
「最近、あなたの様子が変だって、何人かの先生が心配してるのよ」
優しく、しかしまっすぐに問い詰めてくる保健の先生に、優羅は何も答えなかった。
心配なんていらない。
ふたりの世界に、第三者の言葉は必要ない。
それどころか――邪魔だった。
その日の放課後、優羅は屋上で美咲に言った。
「ねえ、私たち……見られてるかも」
「誰に?」
「学校に。先生たち。私たちのこと、“普通じゃない”って思ってる」
「そんなの、最初から分かってたことじゃん」
「でも……このままじゃ、引き離されるかもって」
「それだけは、絶対にイヤ」
美咲は、震える声で言った。
「優羅さんを取られるくらいなら、全部壊した方がいい」
「私も、そう思ってる」
ふたりの視線が重なる。
風が、強くなった。まるで、この世界が何かを警告しているようだった。
けれど、ふたりはそれを無視した。
「神さまがいないなら、私たちは私たちで全部決めていいよね」
「うん。私たちだけの神さまになろう」
誰も救ってくれないなら、
誰かを責めたっていい。
願いなんか叶わなくていい。
そのかわり、ふたりだけは――裏切らないと、誓った。
雨の夜、ふたりは手を繋いで歩いた。
傘もささず、濡れながら、道なき道をただ歩いた。
「ねえ、神さまがいたとしても」
「うん」
「私、あんたと地獄に落ちるなら、それでいいって思ってるよ」
「私も。むしろ、地獄にふたりでいた方が、幸せかもしれない」
神さまはいない。
でも、ふたりの手は、確かにそこにあった。
もう誰にも壊せない。
壊すなら、ふたりで一緒に――そう決めていた。