テラーノベル
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浜田家の玄関を出て車へ向かう途中、柊が花梨に声をかけた。
「初契約おめでとう! 浜田様の心を動かした君の成果は大きいぞ!」
「ありがとうございます。でも、まだ媒介契約を結んでいないので、油断は禁物です」
「そうだな。まあでも、浜田様は無責任に約束を反故にするような方ではないから、そこは安心していいと思うぞ」
「それならいいのですが……」
車の前に着き柊が鍵を開けた瞬間、道路から聞き覚えのある声が響いた。
「花梨?」
助手席のドアを開けようとしていた花梨がその声に驚いて顔を上げると、そこには元恋人の後藤卓也が立っていた。
「卓也! こんなところで何してるの?」
「花梨こそ、どうしてここにいるんだ?」
「私は仕事でこのお宅を訪ねていたのよ」
その言葉を聞いた卓也の表情が、急に険しくなる。
「浜田さんが懇意にしている不動産会社っていうのは、君のところだったのか」
花梨が『高城不動産ソリューションズ』へ転職するという噂は、彼女が退職する前から社内で広まっており、卓也もそれを耳にしていた。
元恋人が自分より規模の大きな会社へステップアップするというのは、卓也にとって複雑な心境だった。
「そうよ」
そう答えた瞬間、花梨は卓也の隣に女性がいることに気づいた。その女性を見た瞬間、花梨の血の気が一気に引いた。隣にいたのは、卓也の浮気相手の酒井莉子だった。
(私が辞めた後、彼女は卓也の担当になったのね……)
社内の人々は、花梨と卓也、そして莉子の関係を知らなかったので、そこに悪意はない。しかし、花梨が去った後、堂々と仕事で組む二人の姿を見た瞬間、花梨の胸には忌々しい感情が湧き上がった。
その時、莉子が軽やかに声をかけた。
「水島さん、お久しぶりです! お元気そうですね!」
「こんにちは! こんなところでお会いするなんて奇遇ですね」
「うふふ♡ 本当に。まさか卓也さんの元カノにお目にかかれるなんて思ってもみませんでした~。でも、新しい会社でバリバリ活躍されているみたいで安心しました! ね、卓也?」
「あ……ああ」
仮にも仕事の場であるのに、莉子が卓也のことを呼び捨てにするのを見て、花梨は呆れた。
卓也の表情を見ると、彼も困惑しているようだった。
(ほら、見なさい! 尻軽女なんかと付き合うから、これからあんたの評判はどんどん落ちていくわ。だって、彼女は『さげまん』で有名なんだから!)
花梨は一瞬笑いそうになったが、どうにかこらえ表情を引き締めると、二人に向かってきっぱりと言い放った。
「じゃあ、私はこれで!」
「あ、ああ……またな!」
「またなんてないから!」
花梨はピシャリと言い放つと、柊をチラリと見る。彼はすでに状況を理解しているようで、花梨と目が合うと静かに頷き、運転席のドアを開けて車に乗り込んだ。花梨もその後を追い、助手席に滑り込む。
エンジンがかかると、柊の車はすぐに走り出した。
走り去る車を見つめながら、莉子が甘えた声で卓也に尋ねた。
「ねぇ、横にいた男の人って誰?」
「同僚にしては歳が離れてるから、おそらく上司だろう」
「それって、高城不動産の人?」
「ああ」
「へぇ……高城不動産って、あんな上司がいるんだぁ……」
莉子はうっとりとした表情で呟く。
「じゃあ、行くぞ」
「あ、ちょっと待って!」
不機嫌そうに歩き出した卓也の後を、莉子は慌てて追いかける。
浜田家の門の前に着いた卓也は、すぐにインターフォンを押した。
社へ戻る車内は、しばらく沈黙が続いていた。しかし、赤信号で車が停車した瞬間、柊が口を開いて花梨に尋ねる。
「あいつは、村田トラストの元彼か?」
「そうです。まさか、あんな場所で会うなんて……驚きました」
「すごい偶然だな。で、隣にいた女が浮気相手か?」
「課長、さすが鋭い! 透視能力バッチリですね!」
からかうような花梨に口調に、柊は思わず苦笑いを浮かべた。
「ばかやろう……」
それから、二人同時に声を出して笑った。
笑いが収まると、柊が静かに口を開いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫……って言いたいところですが、ちょっと駄目かも。あの女に会っちゃったので、気分は最悪です」
「ははは、だろうな……」
「え? 課長もそう思います? 男の人って、ああいう魔性の女タイプに弱いと思ってました」
「若い男ならそうかもしれないが、俺は違うよ」
「そう……なんだ……」
花梨はそう答えながら、納得している自分に気づいた。
『王子様』のような甘いマスクに、大人の色気が漂う柊なら、当然もてるに決まっている。莉子程度の女にはなびかないのも無理はない。
彼には、もっと美しく大人の魅力を持つ蝶のように華やかな女性たちが群がっているに違いない。花梨はそう思った。
「ちょっと気分転換でもするか」
「え?」
「本当は一度社に戻って現調に行く予定だったが、君にも付き合ってもらうよ」
「今から?」
「ああ。女性目線の意見も聞いておきたいしな」
柊はそう言うと、信号を左折し、会社とは反対方向へ車を走らせた。
コメント
29件
浜田様が言ってた調子の良い営業マンって卓也だったのかな?さげまんの莉子は柊に一目惚れか😅😅😅
浮気ヤロー&莉子とは金輪際関わり合いたくないよね😨 きっと仕事でも誠実さに欠いた接し方なんじゃない? 見抜かれてると思う😎 何気に莉子が柊さんを狙ってたのが気味悪い(*`∀´*) 相手にされませんよ〜。 花梨ちゃん、柊さんが全部察してるからね😉💕💕気分転換しちゃえ✌
【勝手にショートコント】 「どうも~。あたしたち、『サゲマンズ』です。」 「もえぴーで~す。」 「リコで~す。リコの『リ』は、『利口』の『利』に草が生えてんのよ。」 「それって、草じゃなくてカビじゃないの。」 「失礼ねっ。誰がカビよ。ショートコント『白タク営業』。これはこれは、宝くじを当てた夢を見てつい『三億円』って言っちゃったアクマさん。もとい、タクヤさん。」 はい、すみません。ここで止めときます。