顔を上げた瞬間、井上は恵子の姿に目が釘付けになる。
ブルーグレーのノースリーブワンピースを着た恵子は、とても美しかった。
肩から腕にかけての滑らかな肌、ふっくらと丸みを帯びた女性らしい身体つきの恵子を見た井上は、思わず抱き締めたい衝動に駆られる。
恵子は小柄なので、長身の井上から見たらとても華奢に見える。
普段の健康的で活発なイメージとは違う恵子を見て、井上は一瞬にしてやられてしまった。
井上が歳上の女性にこんな気持ちを抱いたのは初めてだ。
恵子が傍までくると、井上は少し緊張した面持ちで言った。
「もしよかったら、今日のコーチのお礼に夕食をご馳走させて下さい」
「ちょうどよかった、実は今私も誘おうと思ってたの。でも一応私は先輩だから割り勘にしない?」
恵子はお姉さんぶって言った。
「いえ、俺に奢らせて下さい。じゃないと男がすたりますから」
恵子は『男がすたる』という言葉を聞いて、思わずプハッと笑う。
「井上君って随分古臭い言葉使うんだね」
「えっ? そうっすか? ハハハ……」
(うわぁ、なんてチャーミングな笑顔……)
井上のはにかむような笑顔を見て、恵子はドキッとする。
それから二人はクラブハウスを出た。
恵子は今日井上と過ごしてみて、なんだか懐かしいような感覚に包まれていた。
それを例えて言うならば、実家にいる二匹の猫と戯れている時のような? もしくは懐かしい場所を訪れた時のような? または居心地の良いカフェでまったりしている時のような? そんな感覚に近いかもしれない。
井上からは常に癒しオーラのようなものが漂っている。だから恵子はずっとリラックスしたままだった。
男性と一緒の時、恵子は何かと気を遣う癖がある。
恵子には弟が二人いるので、ついお姉さん風を吹かしていつも自分から動いてしまう。
そして調子に乗った相手は恵子に甘えるようになり、全てを思うままにしてしまう。
その結果、恵子は甘えられないまま不満だけがたまり、交際はいつも長続きしなかった。
しかし今日井上と過ごした時間を振り返ってみると、恵子は全く気を遣わなかった。
恵子が気を遣う前に井上が先に動いてくれるので、恵子の出番は全くなかったのだ。
重い物は全て井上が持ってくれたし、飲み物がなくなると井上が率先して買いに行ってくれる。
今日恵子がした事と言えば、のんびりと井上にゴルフの指導をしただけだ。
(え? ちょっと待って……こんなのって初めてかも)
恵子はいつもとは違う自分にかなり驚いていた。
駅へ続く大通りを目指し、二人は歩いていた。
歩きながら恵子が聞いた。
「井上君って休日の移動は電車なの?」
「いえ、俺は人混みが苦手なんで車の方が多いっすね」
「へぇ~車乗るんだ~、どんな車に乗ってるの?」
車好きの弟がいるので、恵子は意外と車に詳しい。
「Gクラスっす」
その時恵子は自分の耳を疑う。
(Gクラスって、まさかあのドイツの高級車のGクラス?)
恵子は聞き間違えだと思い、念の為もう一度聞いた。
「それってまさかドイツ車の?」
「そう、それっす。俺、あの車ずっと欲しかったんですよ~」
「…………」
恵子は言葉を失った。
井上が乗っているという『Gクラス』は、一番安いグレードでも1500万円くらいはするはずだ。
中古でも1000万円前後だろう。
(え? もしかして借金とかしてる? 井上君って意外とお金に無頓着なのかなぁ?)
気になった恵子はさらに質問した。
「あの車ってすごく高いでしょう? なのにどうして乗れるの?」
「え? あ、もしかしてなんか疑ってます? ちなみに俺借金とかはしてないっすから……」
井上は自分が借金持ちだと思われたら困るので、慌てて否定する。
しかし恵子はまだ怪しんでいた。
確かに井上は技術職のエンジニアだ。
エンジニアの給料が高い事は、もちろん恵子でも知っていた。
しかしだからといって1500万円もする高級車を、ローンなしでポンと買えるだろうか?
(ん? もしかして実家が太いとか?)
恵子は真相が知りたくて、更にこう言った。
「でもどうやったらローンを組まないであんな高い車が買えるの?」
「実は俺、大学時代から株をやってるんです。で、何年か前に大暴落した年にいくつも仕込んどいたんですよ。それが去年最高値を更新したので、一括決済してその金で買ったんです」
恵子はその意外な答えに驚く。
(すっごー、さすが深山二世! 深山さんもよく投資で資金を増やしてるけど、まさか井上君までやってるとはねぇ……)
「凄いなぁ。その若さでマジ凄い~~~」
「凄くないっすよ、俺の友達はみんなやってますから。それにたまたま地合いが良かっただけです」
さらりと謙遜する井上に、恵子は思わず尊敬の眼差しを向けた。
恵子の10歳年上の元彼も株をやっていたが、コロナ渦で大損害を出した。
その後の上昇トレンドにはすっかり乗り遅れ、恵子が知っている限りマイナス分は全く取り戻せていない。
それなのに、元彼よりも14も年下の井上はその時に膨大な利益を出していたのだ。
(あいつは投資のセンスがゼロだったって事か……)
恵子は呆れながらそう思った。
大通りへ出ると、井上が手を挙げてタクシーを止める。
「お疲れでしょうから、タクシーで行きましょう」
「え? あ、はい……」
タクシーに揺られながら恵子は感動していた。
(まだ若いのになんて紳士的なの! それに比べてケチなあいつがタクシーを呼んでくれた事なんか一度もなかったわ)
その時恵子の脳裏には、元彼の浮気現場の映像が浮かんでくる。
体調が悪いからとデートをドタキャンした恋人の事が心配になり、あの日恵子は元彼の家へ行った。
きっと寝込んでいるだろうと思い合鍵でマンションへ入る。その時玄関にハイヒールがあるのに気付いた。
恵子が忍び足で中へ入ってみると、なんと自分が付き合っているはずの男は見ず知らずの女の上で腰を振っていたのだ。
その光景を思い出す度に、今でも吐き気がこみ上げてくる。
恵子は一度小さく深呼吸をすると、隣にいる井上の様子をうかがった。
すると井上は窓枠に肘を乗せ、手で口の周りを撫でながら窓の外を見ていた。その姿は堂々としている。
(恋愛に年齢なんて関係ないのかな……)
今まで頑固に年上とばかり付き合って来た恵子は、ふとそんな風に思い始めている自分に気付いた。
コメント
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力量とは年齢関係ないですからね。 井上くんは省吾さんを目指してるだけあって先見の明があるね〜✨
井上くん、若いけれど既に大物感が漂っていますね~(○_○)!! さすがに深山二世と呼ばれているだけのことはある....😎👍️ イケメンで仕事が出来るし、投資のセンスもあり お金も 良い車も持っている.....👍️💕 その上 肉食で、アッチも上手♥️♥️♥️キャー(///ω///) 言うことなし‼️.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.♪ そうそう....恋愛に年は関係無い‼️😆🎶 恵子さん、きっと両想いだから大丈夫よ~♡ 安心して彼の胸に飛び込んでね~👩❤️👨💕💕
10こ歳上でも子供だし、5こ年下でも大人だし…経験談w