それから小さな竜と猪が力任せに押し出そうとして頼んだレイブ本人が静止を促したり、首の角度を変えたり顎を出したり引いたり、結局二匹が力ずくで押すしかないと判断した事でギャーギャー抗議の声を上げ捲ったりした結果、数分後には何とか首を抜く事に成功したのである。
顎と鼻の頭、額の中心を擦過傷(すりきず)に因る出血で紅(くれない)に染めながら涙目のレイブは言う。
「何でっ? 何で力ずくで押したのさっ! 痛いって言ったよね? ね? 何? どうでも良いやとか面倒くさいとか? そうなのぉ! 痛たたた……」
『グガァ、タ、タスケタ、カッタ、ンダ、グア…… レイブ、ゴメ……』
『うん…… アタシもそうなの、お兄ちゃんゴメンなさい、痛い思いをさせちゃったよね…… こんな事なら無理せずに、レイブお兄ちゃんには、『穴から首が抜けなくなって、うつ伏せのまま微動だにせず亡くなってしまった魔術師見習い、レイブ』的な称号で呼ばれ続ける未来の方が楽だったよね! 余計な真似をしちゃってゴメンなさい……』
「いや、それは…… ぼ、僕ったら、痛過ぎて変な事言っちゃってゴメンね…… えと、ギレスラ、それにペトラ、その、ありがとね、助かったよ、本当にありがとう」
『グガ、グガガガアァ!』
激しく細長い首を振りまくってレイブの謝罪に抗うギレスラの横で、ペトラは小さな額にじっとりと脂汗を浮かべながら口にする。
『『回復(ヒール)』、…………はぁはぁはぁ、ゴメンねレイブお兄ちゃん、今のアタシだとこれが限界なの、はぁはぁ、ふうぅ、ち、血は止まった? どぉう? はぁは……ぁ……』
カクッ!
言われて思わず自分の額から顎まで、つい先程までたらたら出血していた場所に手を這わせてしまっていたレイブは、次の瞬間、くたりと倒れ込んで動かなくなってしまったペトラの小さな体を両手で抱きかかえて、絞り出すような声を上げるのである。
「ペトラ! ああ、ペトラ? しっかりしてぇ! ギレスラ、血清を! いや血清は魔獣には効かないんだった…… ど、どうしよう、ギレスラァ…… ペトラが、ペトラがぁー」
『グ、グ、グアァ…… ペトラ…… ペトラッ!』
為す術を失った一人と一匹は、死んでしまった様に見える妹ペトラを両の手で、両の翼で精一杯抱きしめる事しか出来なかった。
――――死なないで……
兄達の想い、願いはそれだけであった。
僅(わず)か一分程の時間が過ぎた。
ワンワン大騒ぎの兄達に抱かれたペトラは静かに目を開き、口元に控えめな笑みを浮かべたのである。
ペトラは言う。
『ありがとうお兄ちゃん達ぃ、お蔭でペトラ、元気に戻れたよ♪ ねえねえ、どうやってくれたの? 今のぉ?』
『グルゥ?』
「どう、って? えっと、どうやったんだろう? はてな?」
揃って首を傾げる兄達を、同じく怪訝(けげん)そうな表情で不思議そうに見上げるペトラ。
兄弟妹(きょうだい)は、倉庫の外から掛けられたバストロの呼び声を聞いて、慌てて外に向かったのである。
自分の体より大きな背嚢(はいのう)を背負ったレイブはヨロヨロと歩き、いつもの感じで師匠たちスリーマンセルにお小言を貰ってしまうのであった。
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