『手前』
港の灯が、波に滲んで揺れていた。
中也は、マフィアの仕事を終え、1人帰路についていた。そんな中、こんな聞き捨てならない噂を耳にした。
——太宰治、武装探偵社入り
「……はっ、笑わせんな」
正義の味方気取りの連中の中に、あの太宰が入る?
中也は鼻で笑った。
(冗談じゃねぇ。あいつほど“闇”が似合う人間はいねぇだろうに。)
だが、頭のどこかで引っかかる。
あの太宰が、理由もなくそんな場所を選ぶはずがない。
何か裏がある。
きっとそうだ——そうでなきゃ、困る。
「……なぁ、太宰」
呟いた言葉は、潮風に溶けた。
探偵社の制服を着たあいつが、他の誰かと笑ってる姿を想像して、胸の奥が妙にざわつく。
いや、違う。
太宰と俺は、双黒と呼ばれ、恐れられて来た。
だから、何気なくこれからも太宰と相棒としてやっていくと思っていた。
「俺を置いて、何処に行くつもりだよ」
さっきまで聞こえていた波の音が、何かの音にかき消され聞こえない。
残るのは少しの寂しさ。
中也は帽子を押さえながら、
空を仰いで小さく笑った。
「…ま、せいぜい正義気取りしてろ。バカ太宰。手前を倒すのはこの俺だ」
そう決意し、帽子を深々と被りながら夜の港に溶けていった。
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