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バサッ、バサッ、バサッ
昨日に引き続き庭に出ていた葉月は、空を見上げる。何度も聞き覚えのできた翼音がして、魔女の契約獣であるオオワシのブリッドの姿を確認した。足下には昨日と同じく、引き抜いたばかりの草の山がいくつもできていた。
「十日に一度じゃなかったのかな?」
街から荷物が来るのはそのくらいだと聞いていた。けれど、二日続けて今日もオオワシが来ている。例のごとく、足には木箱を吊るしたロープを握りしめて。
「薬がまだ足りないのかな?」
昨日の納品分の薬はからりの量があったように思うが、それでも足りなくて追加を取りに来たのだろうか? そもそも、どうしてそこまで回復薬ばかりが必要なのだろう? 多少の傷なら傷薬で十分なはずで、ちょっとした疲れ程度はしばらく休めば自然に回復するのが一般的だと、ベルからは教わった。
回復薬を必要とするのは、騎士や冒険者などといった、主に戦う職種の人達で、大きなけがをしたり体力が自然回復するのを待つ余裕のない時に使用されるらしい。
――ま、まさか……戦争とか?
魔石を巡る国家間の争いの話を聞いたばかりだ。どこかの国とのいさかいでも始まっているのだろうか。その為に薬が急ぎで大量に必要とされているのか?
――異世界に来て、いきなりそれは勘弁して……。
元の世界へ帰れるのなら、それは一番だ。でも、帰る術が見つからない内は出来る限り穏やかに過ごしていたい。のんびりしつつ、少し興味の出てきた魔法なんかも使えるようになったら楽しいかな、なんて気軽に考えていたところだったのに。
異世界に来たからといきなり冒険者とか勇者になるとか、そんなファンタジーなことは一切望んでいない。平和な日本で生まれ育ったのに、世界が変わったからって急に戦えるようになる訳もない。
イヤな想像で頭がいっぱいになる。違う世界に来たということは、知らないことが多いということ。そもそも、葉月はまだこの森の一部とこの館の中しか知らない。ベルから教えて貰ったこと以外の知識がまるでない。
「あら、今日も来たのね」
意外な顔をしながらベルがおっとりと館から姿を見せる。今日もいつも通りの黒のロングワンピ姿だったが、葉月のマメなお洗濯と掃除のおかげか、以前のような薄汚れた感じはしない。
今回は彼女が呼んだ訳じゃないのなら、オオワシは街からの依頼で荷物を届けに来たということだろうか。
ブリッドは魔女の契約獣だが、街にいる仲介人から呼び出されての一方的な配達にも応じることがある。とは言っても、これまではそう頻繁には無かったようだが。
葉月と一緒に庭にいた猫は、すぐ至近距離に降りて来た大きな鳥に、遠慮なく顔を近付けてフンフンと匂いを確かめ始める。ちょうど退屈していた時に、良い遊び相手がやって来たものだから、ご機嫌で尻尾を伸ばして歓迎している。
「ギギィ……」
到着して早々に、翼の生えた猫に絡まれて、ブリッドは硬直している。自分よりもかなり小さい白黒のまだら模様は、とにかく強い気配を放っていて勝てる気がしない。よって、匂いを嗅がれるまま、されるがままになっていた。
「あら、葉月のスティックがもう届いたみたいよ」
「あ、やった! 練習再開できますね」
運ばれてきた木箱の中を覗くと、細長い布に包まれて魔法練習用のスティックが入っていた。以前に使っていたのが折れてしまったから、代わりが届くのを首を長くして待っていた。日中は家事などやる事はいくらでもあるが、夜はすることが無くて退屈していた。テレビやネットなんて存在しないから、日が落ちた後は手持ち無沙汰でしょうがなかった。
「また追加分の瓶が届いたんですか?」
「いいえ、薬瓶は無いみたいよ。昨日に注文した分の品少しと……」
心配していたような回復薬の大量注文ではなかったらしい。空の薬瓶は送られてきてないようで、葉月は胸を撫で下ろす。
「あとは手紙、ね」
追加の食料品に日用品と一緒に入っていた手紙を見つけ、魔女は顔をしかめる。きちりと封蝋されたそれは、取引先からの簡易な物ではなく、見るからに上質な紙が使われているようだった。ベルはすぐには開封せず、取り寄せた薬草の入った麻袋の中へねじり入れて、代わりに今日用意できる薬瓶を取りに作業部屋へと戻っていく。
葉月も一緒に食材を調理場へと運び始める。今日は保存の効きそうな根菜類と、葉月が頼んでおいた石鹸やヘアオイルなどのケア商品が主な納品だった。館にも石鹸のストックはあるにはあったけれど、保存状態が良くなかったり古かったりと、新しい物を取り寄せて貰っていたのだ。新しい石鹸は花の良い香りがした。
「みゃーん」
相変わらず、くーはブリッドへと絡んでいる。話しかけるように鳴いてみたりしても、大きな鳥は黙って見降ろしているだけで、何の反応もしない。鱗が露わな脚にじゃれついてきても、反撃すらしてこなかった。
「ギギィ……」
たまに怯えたように小さく鳴くだけだ。ただひたすらに、オオワシは己の主が館から早く出て来てくれることを願いながら、扉を見つめて健気に待つだけだ。