夕食時、ベルがあからさまに嫌そうな顔で、ぽつりと漏らす。
「その内、街から様子を見に人が来るみたいよ」
「え?」
「ここに私一人じゃないのが、バレちゃったみたいね」
まあ、あれだけいろいろと物を注文していたら、バレで当たり前なんだけど、と付け加えて、少しおかしそうに笑う。そして、根菜のミルク煮にパンを少し浸し、口の中へと放り込む。
葉月も料理はそれほど得意ではないし、食材の種類も多くはないから、スープとパンという組み合わせが定番になっていた。ただし、それだけで十分なおかずになるよう、スープはいつも具沢山だ。
勿論、葉月達の存在はバレても当然。森の魔女であるベルには必要の無い魔石や、魔力操作の練習用スティックを注文していて疑われない訳がない。食材の量も倍に増えているし、他に誰かが一緒に暮らしているのは丸分かりだ。
「ここに居たら、マズイですか?」
「いいえ、問題ないわよ。ただ……驚かれるでしょうね」
手紙に書かれていたことを思い出し、吹き出しそうになるのと抑える。
「どうも、幼子を囲い込んでいると思われているみたいなのよね」
「?」
「子供用の道具を取り寄せたでしょ? 小さな子供と一緒だと思われてるみたいなのよ」
あー、と即座に納得する。この世界の魔力が芽生えた子供達は大体5歳くらいには魔力操作ができるようになる。だから、練習用スティックが必要な年齢の子が館にいると勘違いされているようだった。実際に使っているのは、17歳の女子高生なのだけれど。
「あ、葉月のことも驚くとは思うけど、それよりも猫よね」
「聖獣、でしたっけ?」
「そうそう。まさかいるとは思わないわよね」
聖なる存在だから捕まえたり危害を加えられることは無いとは思うが、いろいろと確認されることは多いはず。
まあ、万が一に手を出されかけても速攻で返り討ちにされてしまうのは目に見えているが……。なんせ、猫は光魔法の使い手だ。
当の本人はとっくに食事を終えて、ソファーで丸まって眠っている。完全に他人事だ。
「面倒ですね……」
「そうなのよね、面倒だわぁ」
最近はあまり聞かなくなりつつあった、ベルの「面倒だわぁ」が久しぶりに出た。ただ今回は面倒を通り越して、困ったわぁに近いニュアンスだ。
「そういえば、人が来るってどうやって? 道は無いですよね?」
「そうね。魔法使いを連れて来るんじゃないかしら」
火の魔法で雑草を焼き払いながらか、或いは風の魔法で木々をなぎ倒すのか、とにかく人力で道を整備しながら来るんじゃないかというのがベルの予想だ。
道が直れば、葉月もいつかは街へ出掛けることができるかもしれないし、丁度良いとも言える。元々、くーに焼き払って道を作って貰うつもりでいたのが、やらずに済むならありがたい。
「一緒に誰が来るのかが、問題なのよね……」
ウンザリといった風に軽く溜め息を吐きながら呟く。
「一体、誰が来るんですか?」
「グラン領主か、その関係者かしら」
――りょ、領主?!
さすがに葉月でも分かる。領主とはその土地の統治者だ。元の世界でいうところの都道府県知事に、さらに具体的な権力を持たせた感じだろうか?
「ど、どうして領主さんが?」
「あら、言ってなかったかしら? ここは領主家の別邸よ」
ちょっと意味が分からない。そう言いたげに、葉月はベルをきょとん顔で見る。相変わらずマイペースに食事を口へと運びながら、どう説明しようかと小首を傾げている。
「叔父が領主だってことは、話したことあったかしら?」
「……ないです」
「あら、無かったかしら」
困惑する葉月に対し、ベルはふふふとおかしそうに微笑んでいる。まさかの領主の親族。現領主の姪という立場でありながら、取引先から取引停止をチラつかされたり、ゴミ屋敷同然の館に住んでいるのはどういうことなのだろう?
虐げられたお嬢様とかなんだろうかと、一瞬だけ考えたが、彼女にそんな悲壮感は微塵も感じられない。どちらかというと、自分から家出して来たっぽいなと、葉月は勝手に察する。
「道の整備もあるから、そうすぐには来ないとは思うけれど」
人が来ることがよっぽど嫌らしく、心底ウンザリしているようだった。
「今日届いた手紙にはね、迎えを送るって書いてあったんだけど。本邸へはもう随分と顔を出していないから」
「行くんですか?」
「行かないわ。いろいろと面倒だもの。向こうも大人しく来るとは思ってないだろうし。だから、それなりの人が直接来るんでしょうね」
ハァと大きく溜め息をついてから、スープの最後の一口を食べ切る。
「来るのは仕方ないわよね。折角だし、道が出来たら、街に出て聖獣のことを調べてみるのも良いかもしれないわね」
うん、と納得したように頷くと、ソファーで眠っている猫の方に視線を移す。この不思議な存在のことは森の中にいても何も分からない。これまでも別に街を避けていた訳じゃない。ただ出掛けるのが面倒だっただけ。
幻獣との出会いは自分にとって何かの使命があるのかもしれないと感じることがある。だから放ってはおけない。
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