テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
昨日の雨は夜のうちに止んだらしい。
窓の外からは、いつもと変わらない朝の光が差し込んでいた。
それでも胸の奥には、もやのように晴れない違和感が残っている。
「行ってきまーす!」
笑顔で手を振って家を出る。
ナイトメアも、いつも通り手を振り返してくれる。
それは本当に“いつも通り”で、けれど……昨日とは少しだけ違って見えた。
ナイトメアは、何か変わった。
笑っているけれど、無理をしてるわけではない。
心から、自然に、穏やかに……笑っている。
それが、僕には少し怖かった。……心が壊れたのかもという最悪の想像は頭の隅へ追いやって今日もいつもと同じ明るい小道を進んでいく。
今日も町の人たちは優しい。
「ドリームが来たぞー!」
「やっほー、今日は何して遊ぶ?」
「お菓子、持って行くかい?」
ほら、みんないつも通り。
変わらない。優しい。暖かい。
この前のことなんてきっとたちの悪い冗談なんだ!
……でも何かが心の中に引っかかる
本当に、何も変わっていない?
そんなことを考えてしまう自分のほうが、おかしいのかもしれない。
そう、思いたかった。
帰宅しても、その違和感は消えなかった。
「おかえり、ドリーム」
ナイトメアは穏やかな笑顔で迎えてくれる。
温かいアップルティーの香りが、心をやさしく包む。傍にはお茶菓子であろうフィナンシェも添えてあった。
僕も、いつものように笑う。
でも、その笑顔の奥には、言葉にならないざらついた感情があった。
テーブルを挟んで向かい合い、言葉少なに過ごす時間。
それでも、どこか安心した。
心の奥が張りつめたままでも、こういう時間があるだけで救われる気がした。
──その夜。
夢の中。
辺りは濃い霧に包まれ、色を失っていた。
「やあ、ドリーム。町はいつも通りだったかい?」
あの声が、どこからともなく響いてくる。
黒い服に紫を添えた、怪しげで優雅なスケルトン──ディスピア。
彼は微笑んで僕に語りかけてくる。
優しく、淡々と、静かに。
「この世界は間違っている。僕はこの意見を変える気はないよ?
キミももう、それに気づいてるんじゃない?」
彼の言葉に、僕は反論しようとする。けれど、声が出ない。
「苦しいだろう? 笑っているのに、どこかで恐れている。
信じているのに、信じられない。
──その感情の正体はキミ自身が一番よく知っている」
彼は近づいてくる。
柔らかい微笑みを崩さず、静かに手を伸ばしてくる。
「キミの優しさは素晴らしいよ。だけど……それは“逃げ”かもしれない」
その言葉に、胸の奥がざわめいた。
「……僕は、みんなを信じたいんだ。
あれはきっと、何かの間違いで……優しさを信じたいだけなんだ」
そう伝えても、彼は穏やかな顔で言葉を重ねる。
「うん。否定はしない。でもそれは、都合のいい夢に逃げているだけかもしれない。
──キミが守りたいものって、本当は何?」
その問いに、答えは出なかった。
ナイトメアの笑顔が現れ、消える。優しい住人達の顔が恐ろしい顔に変わっていく。目の前のディスピアとナイトメアの姿が重なり、心を揺さぶってくる。
ただ、霧が深くなる。
世界が溶けていく。
気づけば、目が覚めていた。
握りしめたシーツの感触が、汗ばんだ掌にべったりと貼りついていた。
心だけが、まだあの夢の中に置き去りにされたままだった。』