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結界内で気配を完全に消して少し離れた蛇の元に近づいて行く。雰囲気的に、奴は俺の存在に気が付いている様な感じは無い。だけど彼等は嗅覚が鋭いので油断は禁物だ。もう既に報告済みで、後はこっそり逃げる最中という可能性が多少なりともあり得る。
(この蛇の答え次第では、すぐにでもあの拠点は捨てて別の場所に移動しないとな。 ……って、思い出の場所として永久保存したいくらいになってしまったあの建物を捨てる、だと⁉︎)
舌打ちしたい気分になりながら蛇の背後に立ち、迷う事なく奴の頭近くを地面に向かって足で押さえ付ける。
『ぎゃ!だ、誰だ無礼も——』と叫びながら振り返り、白い蛇は『ま、魔王様⁉︎』と声をあげた。
最初は突然踏まれた事を怒った様子だったのだが、蛇の姿をしていようがコイツも魔物だったのだな。俺を認知した瞬間に眼がハートマークになった様に感じられたのは多分気のせいじゃないだろう。
「お前はナーガの眷属の蛇で間違いないか?」
『ハイそうです!探しておりましたよ、魔王様っ』
探すな。とも言えず「……そうか」とだけ答える。余計なお世話だと伝えたい気持ちが胸の奥で燻るが、それもぐっと胸の奥に押し込んだ。
『急に消えたから魔王様を探せとだけ言われたのですが、誘拐ですか?やっぱり誘拐なのでしょうか!』
「違う」
『……ち、違う?』
不思議そうな声をし、白い蛇の瞳が不安で揺れる。
「ナーガにはもう伝達したのか?」
『あ、いいえ。すみません、まだです。急いで連絡を——』と言った蛇の頭を、開けた口ごと地面にグッと押し付けて黙らせた。
「ナーガに連絡はするな、いいな?これは命令だ」
真っ黒いオーラを漂わせながら蛇を睨みつけた。俺に体を踏まれ、頭もしっかりと押さえ付けているせいで微塵も動けず、きゅるんとした黒い瞳だけがこちらを見上げている。城に引き篭もっていたせいで自堕落に近い生活を送ってきた自分にとって、ここ最近では最も魔族側っぽい行動かもしれない。
怯えている様な空気感を漂わせる白い蛇に対し「わかったか?」と声を掛ける。すると彼は『はい』と言うみたいに一度だけ瞬きをしてみせてきた。
「よし、イイ子だな」
今は俺の結界内なのでナーガへ伝達する事はそもそも出来ないのだが、言質を取れて良かった。これで言霊での契約が俺達の間には成立し、この結界を出てもコイツは俺の居場所を伝達する事が出来ない。もっとも、そんな心配は不要だとは思うけどな、魔族は魔王の事を何よりも最優先にする者ばかりだから。
頭を自由にしてやったが体は踏んだままにしておく。念の為、突如として不遜な行動をさせぬように。
『……えっと、事情をお訊きする事は』
頭をこちらに向けておずおずと訊いてくる。理由も言わずに放置も悪いかと思い、俺はテキトウな言い訳を並べる事にした。
「実はな、今俺は、ケイト達が討伐し損ねていたらしい勇者一行と共に居るんだ」
大嘘を言われるのと、理由も知らずに追い払われるのと、どっちが酷いんだというツッコミを自分へ入れつつ話を続ける。
「その面子の中に居る、大柄な女性の召喚士に呼ばれ、最初は即裏切って奴らをまとめてこの手で始末しようかと思ったんだが——」
『は、はいっ』
ごくりと唾を飲み込んで真剣な顔をこちらに向ける。 ……焔の事を微塵も連想出来ない嘘八百をつらつらと言う事に対して申し訳ない気持ちになってくるじゃないか、そんなふうに真面目に聞いてくれると。 だがそんな気持ちはひた隠し、焔の存在を隠蔽する為に演技も交えていく。
「内部からゆっくりと、ジワジワ瓦解させた方が楽しいと思ってな」
くっくっくっ、と口元に指先を当てながらわざとらしく悪どく笑う。演技なんか小学校の学習発表会以来なせいでとんだ大根役者だ。しかも村人1の様な服装では格好がつかないかもしれないが、唇も目も弧を描いてみせたおかげか、魔王らしさは多少出せたと思う。
蛇から飛び出すハートの量が増えた気がする。——この嘘は失敗したか?
『では、最後の最後で裏切る寸法なのですね⁉︎』
「お、おう」
その推測が、今の現状の行く末を指摘された様な気がして胸に刺さる。焔達との『今』を楽しむのを最優先にして終焉を考える事を後回しにしていたが、確かに……その通りだ。いつでも俺を殺せと思いつつ最後の最後まで正体を隠し通したとしても、俺の城まで行けば絶対に自分が魔王である事を打ち明けねばならない。
その時に自分は……彼を殺せるだろうか?
冷静に考えようと思っても、焔が絡むとそれが上手く出来ない。肌の温もり、日向ぼっこをした後みたいな優しい匂い、いやらしいお顔とあの甘い声!小柄で淫靡な体を堪能させてくれる流されやすさを思い出し、彼が死ねばあれらがこの世界からは失われるのだと考えると、焔を殺せる気がしなかった。
(あの性格では、二周目の為に此処へ戻って来るとも思えないしな……)
そもそも、この世界で、本物のゲームみたいに二周目を開始出来るかどうかも不明なままだ。
『でもそうなると、他の魔物や獣人などといった魔族達とこの先遭遇した時に色々と面倒ですね。今は魔王様お一人ですから、この様に個々にお話させて頂ける光栄の極みを味わえておりますが、勇者共の前では問答無用に我等を撃退せねばらない事もありえる、と……』
「そうだな。だが俺は、お前達を出来れば殺したくはない。となると、一々先回りして、お前の様に説明しなければならないだろうな」
体を踏み、踏まれたままである事をお互いにスルーしつつ真剣な空気になる。
んーと唸りながら悩んでいると、白い蛇は『……魔王様。ワタシを退治しては頂けませんか?』などと巫山戯た話を提案してきた。
「魔族を殺したくはないという考えは、お前には伝わっていない様だな」
『ちゃんとわかっています。ですがこれは、今後そうする為の緊急処置です』
キリッとした瞳をし、蛇が自慢の白い鱗肌をじっと見詰める。
『この体の色なので魔王様は既におわかりかとは思いますが、ワタシはマジックアイテムをドロップする特殊個体です。しかも丁度運良く“隠れ身の仮面”持ちなのですから、運命とは面白いものですね』
蛇なのに笑うみたいに目を細め、彼は満足そうに頷いた。
『ワタシは魔族の中でも末端の魔物。我らにとって太陽みたいな存在である魔王様と直接こうやってお話をする事など一生出来無いと思っておりました。それがどうでしょうか、ナーガ様からの伝達を聞き、行った事のない方角へちょっと行ってみようかとおこした気まぐれが、貴方様に幸を運ぶ結果になるとは。この上なき幸せであり、ワタシは今とても満足しております』
「……なら駄目だ、余計にお前は殺せない」
ボソッとこぼすみたいに言い白い蛇の体から足を退ける。そして彼の側にしゃがみ、怪我は無いかと確認した。
『お優しいですね、噂通りです。でもワタシはその目に留まれただけで、今とても幸せなのですよ』
「何でお前達は、揃いも揃ってそうなんだ?俺はそんなに好意を向けてもらえる程の事を……お前達にしたか?」
『そうですねぇ……魔王様はワタシ達に“世界”を与えてくれました。家族や仲間との繋がりや、社会性も経験出来ましたし、何よりも……「生きる」という経験をさせてもらえる「舞台」を用意して下さった。そんな貴方を、私達はとても愛おしく思っております。その様な方に今一番必要な物を自分が渡せるだなんて、これ以上無い幸せな最後ではないでしょうか』
そう言って、白い蛇がしゃがむ俺の脚に頭を擦り寄せる。
「そんな心境で今死ねば、お前はもうこの世界に復活出来なくなるのに、本当にいいのか?」
『はい。そろそろ自分も輪廻の輪に戻る頃合いかと思いますし』
「……そう、か」
そこまで言われると、もう引き止めようがない。彼からドロップするアイテムは喉から手が出るくらいに欲しい物である事実もあり、俺は短くそう答えた。
『あ、でも最後に一つお願いが』
「何だ?」
『名前を、つけてもらえませんか?ワタシは残念ながら名前が無いのです。次に持っていけるものではありませんが、旅立ちの花向け程度に』
「あまりネーミングセンスには自信が無いんだが……わかった」
指先で小さな頭を撫でてやりながら、真剣に考える。でもあまり長々と考える時間も無いし、安直だが「幸汰でどうだ?」と訊いてみた。
「君の来世に、幸せが沢山ある人生になる様に」
『良いですね、ありがとうございます!』
蛇なせいで表情が無いのが惜しいと思えるくらいに嬉しそうな声だった。
『では、一思いにスパンッとやっちゃって下さい』
「……本当にいいのか?」
『魔王様の手で死ねるなら本望ですから!』
頭を持ち上げて、ほれほれと挑発するみたいな動きを彼がしてくる。
「わかった。じゃあ遠慮なく——」
——魔王様の鋭い爪が伸び、ワタシの体を掻っ切る刹那の間に、走馬灯というものを見た気がする。
ワタシが元の世界で経験したのは、太陽すら見た事のない短い人生だった。 いや……『人生だった』と言っていいのかも怪しい。だって、ワタシは母の胎内から出てすらいないからだ。
胎児の体に『自分』という『魂』が入り、未発達で音も何も聴こえず、ただただ眠っているだけに等しい時間を過ごしているだけだった。その間に何となく感じたのは『不安』や『憤り』、そして『またか』という苛立ちくらいなものだ。
きっとアレは、ワタシのではなく、母体の感情だ。
居心地がかなり悪い。
苦しい、栄養が足りない……。
そんな思いばかり抱え続けながら数週間程度経った後、ワタシは死んだ。
堕胎されてしまったのだ。望まぬ子だったが故に。
意味がわからなかった。
宿ったからには生まれたかった。太陽だって見てみたかったし、ただ人生を歩めればそれでよかったのに。多くの幸せなんか望んでいなかったのに。
死に対して納得なんか出来るはずが無かった。
だってあの人はワタシが死んでも気にした素振りも無くって、弔ってもくれなくって、また当たり前みたいに子供の出来る行為をし続けていたのだから。
そのせいか、寂しくって悲しくって、“あの人”の側から離れる事が出来なくなった。別に呪ってやろうとか祟ってやろうとか、そんな感情は無いけれど……ただ自分には、そうする事しか出来なかったんだ。
『……水子か。このままその感情に呑まれてしまうと、君はいつまで経っても此処を彷徨う事になってしまうねぇ』
とある神社の側を“あの人”が通った時、母になるはずだった者の肩に張り憑いていたワタシに、とても綺麗な存在が声を掛けてくれた。
『君はこっちに来ようねぇ』
くんっと猫の首を掴むみたいにワタシを“あの人”から引き剥がして、顔を覗き込んでくる。体がぶらんと宙吊りみたいになって心許ないが、不思議と怖くは無かった。
『ねぇ。君さ、ちょっと違う世界で気晴らしでもして来る気はないかな?』
ちょっと何言ってんのかわからない。
だけど、狐みたいな耳のある綺麗なヒトはワタシの返事なんか聞く気が無いみたいで、いきなり神社の鳥居に向かってボールでも放り投げるみたいな体勢を取り出した。
『——ッ⁉︎』
ものすごく焦るけど、あの時のワタシは言葉なんか知らないから拒否だって出来やしない。だけど彼の言葉は理解出来る。きっとアレは今思うと神様って奴だ。だからワタシは彼の思いがわかるんだ。
『大丈夫!その鬱憤や不満を全てあっちで解消して、また輪廻の輪に戻っておいで——』
優しい言葉をかけてはくれたがやっている事は豪快で意味不明で、そしてかなり酷い。 今さっき出会ったばかりで、何でワタシは遠くに投げられないといけないんだっ。 ——こうして、白い七尾を持つお狐様の笑顔を見送りながら、元の世界では水子になっていたワタシは、異世界転生というものを強制的にさせれてしまった。
幸か不幸か、辿り着いた異世界にはワタシの異父兄弟が既に居て、全く同じ境遇であった事もあってかすぐに家族になれた。理不尽な死に方をしたワタシはこの世界では人間ではなく魔物として転生したが、それは彼等も同様だった。当然……と言えば当然だよね。
ワタシ達は魔物という立ち位置だったけど、ちゃんと『魔王様』というリーダーがいて、いつも誰かに見守られていた。ちゃんとした社会があった。秩序も存在し、知識も与えられ、愛情もたっぷりと感じられる日々が荒んだ心を少しづつ癒してくれた。
段々と気持ちが満たされていく。
経験してみたかった『普通の幸せ』を疑似体験出来て、何よりも空に昇る太陽を見上げる事が出来た事が嬉しくて堪らなかった。
ワタシはレアアイテム持ちの魔物だったから人間に追われる事も多く、ごく稀に殺される事もあったけど、それすらも勝負に負けたみたいな感覚でむしろ楽しく思えてしまう。再び復活した時にはあまり前の事を覚えていなかったけど、それでも悪い気分では無かった。だけど今回は、もう——
体が真っ二つになり、二度と復活する事は無いけど、後悔は無い。
ワタシ達にとって太陽みたいな存在だった魔王様の手で『本当の最後』を迎え、輪廻の輪に戻れるのだから。
ねぇ魔王様。
数週間しか元の世界に存在していなかったワタシですら、異世界でこんな魔物になってしまったという事は……貴方様は一体、どんな理不尽な死に方をしたんですか?
些細な疑問は口に出来ないまま、ワタシは魔物としての生を閉じたのだった。