……魔物を殺してしまった。
望まれての殺害だったとはいえども、仲間殺しは気分の良いものでは決して無く、俺の心に重くのしかかる。今までだって『気に入らない』だとか『職務を全う出来なかったから殺した』などのような如何にも悪人っぽい行動をした事が無いので余計に、かもしれない。こんな調子ではこの先どうなるのか本当に心配だ。
剥ぎ取り作業をしてマジックアイテムの入手を終えはしたが、出てくるのはため息ばかりで、貴重なアイテムが手に入って嬉しいとはまだあまり思えない。現物を見れば少しは実感が湧くかもと思い、荷物入れの中から入手したアイテムを取り出してみた。
『隠れ身の仮面』
名からもわかる様に、装備した者の姿を目視出来なくする魔法効果の付与されたアイテムだ。しかもコレは、姿を隠したまま相手に攻撃しようとも効果は切れず、そのまま攻撃し続けられる優れた代物である。
企画段階では『攻撃力が極めて低い白魔導士が低レベルのうちだけ装備出来る物として考えていたアイテム』だった。 入手方法が特別な個体からのドロップのみであり、尚且つ譲渡や売買不可にしてしまったのに、対象の敵がそれなりに強くて低レベルでは入手出来ないという不具合付きだ。この世界でなければ確実に、公式に対して苦情案件になっていた一品だろう。
それにしても、この先絶対に必要になる日が来るであろうアイテムが、まさか向こうからやって来るとは。もしかしたら主人である焔の固有スキル・『劇運』のおかげかもしれない。流石に自分だけではこうも上手い流れにはならなかっただろう。
「『企画者権限』で白魔導士専用のロックを解除してっと……」
手にした仮面に固有スキルを使って仕様の変更をする。そして顔の上半分に仮面を装備すると、簡単には外れないよう魔法で固定した。
「大事に使わせてもらうよ、白い蛇……」
ボソッと呟いて顔を真っ直ぐ前に向ける。 村人1の様な今の服装では格好がつかないが、普段のいかにも悪者くさい黒衣の衣装のままだったならきっと自分は完全に『オペラ座の怪人』っぽくなれていたであろうが、今はそうでは無い事が少し残念だ。もっとも、彼には自分の様な大きな角は無いので、結局は今のようにファントム風には思えず、鏡の前でがっかりした可能性もあり得るな。
白い蛇の様に古参の魔物達の大半は、他殺や水子などといった、元の世界で理不尽な死に方をしてしまった者達の転生者ばかりだ。
対して人間達の大半はこの世界で生まれた者ばかりなせいか、正直殺しても自分は罪悪感を感じない。たまに居る、元の世界から転移されて来た者達はどうせ殺しても元の世界へ戻るだけだし、尚更罪悪感なんぞ微塵も無い。
でもやっぱり……魔物達は別物だ。
ただでさえ元の世界でも辛い思いをしたのに、いくら満足した死を迎えれば元の世界の輪廻の輪に戻ると知らされていようとも、罪悪感を感じずにはいられない。
——自分が考えた企画書には無い決まり事だから、尚更かもしれないな。
だけど、自分はそうである事を知っている。この世界を俺が認知した時点で、何故か知識として知っていた。まるで、焔の瞳の色が赤であると記憶の奥から引き出せたみたいに。
「あー……胸糞悪いな、ったく」
肌を強く掻きむしり、苛立ちを発散しようとする。だけど無理だ、知らないはずの事を知っている事が気持ち悪くて仕方が無い。
世界の有り様を知っていた事への違和感は時間が解決してくれた。俺の企画を勝手に流用した、創造主や神的な何かしらの大いなる存在が此処には居るのだろうなという考えのおかげもあるかもしれない。 今回もそうである事を願いながら、ステータス画面を確認する。
「毛皮の量はこんなもので十分だろう。召喚士では革装備なんか着ないしな」
(そろそろログハウスに戻るか、不要な長居は無用だ)
後ろを振り返って拠点を目指す。そう遠くまで来たつもりは無かったのだが、建物を目視する事は出来なかった。だがログハウスと一体になっている木の上部は見えるのでそれを目印にして歩いて行く。
「それにしても、名付けの効果はすごいな」
『名も無き森』であった時と打って変わって、『ノトス』と命名された今は生き物に溢れている。動物だけじゃない。木々には実りの数も多くて、少し進むたびあちらこちらに採取ポイントも多数あった。
(何か自分も拾っていこうか)
ちょっとだけそんな事を考えたが、すぐにやめた。段々と冷静になってきたからなのか、もう焔に会いたい。少し離れているだけで胸が苦しくなる。今まで彼の存在を知らずに生きてこられた自分を不思議に思えてくるくらいに。
今から戻れば昼丁度くらいに差し掛かる頃だろう。食事の必要はないが、何か材料があれば食事でも作ろうか。草餅であれだけ喜んでいたのだから、きっと食べる事自体は好きなはずだ。器用貧乏なおかげで元々料理は出来るが、すごく得意という程ではなかったのがこの世界に居るおかげで一通りの物は作れるし、焔のはにかんだような笑顔がまた見られるのなら何だってしてやりたい。 ——仮面を装着したまま拠点に戻る道中、考えるのはもうそんな事ばかりだった。