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第七章 交わる運命
第一話 探す者たち
ソレイユ帝国。
その中心にそびえる白亜の城は、
夜の月光を浴びて静かに輝いていた。
高い塔。
幾重にも重なる回廊。
巨大な門に刻まれた太陽の紋章。
大陸最大の国家。
そして、太陽教会の本拠地。
その一室で、ハヤトは静かに窓の外を見つめていた。
夜空には、やがて満ちようとする月が浮かんでいる。
満月まで、あと三日。
「……近いな」
ぽつりと零れた声は、自分でも驚くほど硬かった。
背後では、シュンタが椅子へ深く座りながら肩を竦める。
「そら焦るよな。
あんなもん読んでしもうた後やし」
軽い口調。
けれどその深紅の瞳は、いつものような冗談めいた色ではなかった。
部屋の中央では、ジュウタロウが静かに腕を組んでいる。
白銀の髪が、月明かりを受けて淡く光っていた。
「……教会はまだ動かないな」
低い声。
ハヤトはゆっくり振り返る。
「いや」
少し間を置いて。
「動けないんだろ」
あの日。
地下禁書庫へ入り、禁書『月蝕の子』を持ち出した。
気付かれていないはずがない。
太陽教会が、その程度の侵入を見逃すはずもない。
それでも、今のところ何も起きていない。
追手も、拘束も、呼び出しすら。
静かすぎる。
「泳がされとる感じやなぁ」
シュンタが天井を見上げながら呟く。
「俺らがどう動くか、見とるんちゃう?」
その言葉に、部屋の空気が少し重くなった。
ハヤトは窓の外へ視線を戻す。
脳裏に浮かぶのは、禁書に記されていた存在。
世界の闇を引き受ける者。
ーー月蝕の子。
遥か昔から、世界に必要とされ続けた存在。
けれど同時に、その役割はあまりにも孤独だった。
「……同じ悲劇を繰り返させない」
ハヤトの声は低かった。
黄金の瞳が、月を映す。
「もし今、月蝕の子が存在しているなら」
拳を握る。
「その者が役割を果たすために、俺は皇子として、その道を支える」
静かな決意だった。
「世界の循環を正すことは、この国を背負う者としての責任だ」
ジュウタロウは何も言わなかった。
ただ静かに、ハヤトを見る。
やがて。
「で」
淡々と問いかける。
「具体的にはどう探す」
現実的な問いだった。
その瞬間、シュンタがにやりと笑う。
「そこは任しとき」
帽子をくるりと回しながら、楽しそうに片目を細めた。
「商人舐めたらあかんで?」
「……何かあるのか」
「情報網や」
シュンタは立ち上がる。
「黒髪黒眼なんて、帝国じゃ目立ちすぎる」
指を一本立てる。
「もし本当に存在するなら、絶対どっかで噂になっとる」
「帝国周辺の商団」
「旅商人」
「宿場町」
「酒場」
シュンタは笑う。
「全部繋がっとる」
「“最近見た変な奴”なんて話、商人はすぐ拾うからな」
ジュウタロウが静かに頷いた。
「確かに。今は情報を集めるのが先か」
「せや」
シュンタは真剣な表情になる。
「それに今は満月前。
魔物の出現も増えとる」
「もし月蝕の子がいるなら、瘴気の濃い場所へ引き寄せられる可能性もある」
ハヤトはゆっくり目を伏せた。
禁書に書かれていた言葉を思い出す。
『月蝕の子が現れる時。』
『それは災厄の訪れではない。』
『世界が、
再び巡り始める時である。』
胸の奥が静かに揺れる。
「なんとしても」
ハヤトが顔を上げる。
黄金の瞳が、二人を真っ直ぐ見た。
「満月が来る前に、見つける」
その時だった。
ゴーン、ゴーン……
窓の外で、鐘の音が鳴る。
帝国の夜へ響き渡る教会の鐘の音。
まるで、何かの始まりを告げるように。
ハヤトは無意識に、夜空を見上げた。
満ちかけた月が、静かに輝いていた。
◇
翌日のハヤトの執務室。
長机の上には、帝都周辺の地図が広げられていた。
赤い印が、日に日に増えている。
魔獣出現地点。
その多くは、帝都東側へ集中していた。
「……また増えてるな」
ジュウタロウが低く呟く。
窓から入る風が、銀色の髪を揺らした。
「満月が近いからか」
ハヤトは地図を見つめたまま答える。
禁書『月蝕記』
そこに記されていた存在。
ーー月蝕の子。
闇を引き寄せ、世界の循環に関わる者。
魔物の増加も、その者が関係しているのか。
まだ分からないことは多い。
その時、
「おーい」
軽い声が響いた。
扉を開けて、シュンタが入ってくる。
「なんや二人とも難しい顔して」
「情報は?」
ジュウタロウがすぐに聞く。
シュンタは肩を竦めた。
「せっかちやなぁ」
そう言いながら、手に持っていた紙を机へ置く。
「まあでも、ちょうどええわ」
ハヤトが顔を上げる。
「何か分かったのか」
シュンタは頷いた。
「黒髪黒眼」
その一言で、空気が変わる。
シュンタは続ける。
「宿場町。
街道沿い。
帝国近辺」
「何人かの商人から、似たような話が出とる」
ジュウタロウが静かに問う。
「同一人物か」
「たぶんな」
シュンタは地図を指差した。
「しかも時系列と移動方向が全部繋がっとる」
東側の街道。
そこから帝国へ。
「こっちへ向かってる」
ハヤトが地図を見る。
「……」
「それだけやない。同行者がおるらしい」
「青髪青眼の青年」
その言葉に、ジュウタロウが僅かに目を細める。
「水属性か……」
「たぶんな」
シュンタは頷いた。
「まあ、黒髪黒眼なんて、帝国じゃ目立つからな」
「もし本当に月蝕の子なら、もう噂になっとると思ったんや」
窓の外では、夕暮れの帝都が赤く染まっていた。
「……もう帝都へ来ている可能性が高いな」
ジュウタロウが呟く。
ハヤトはゆっくり顔を上げる。
満月まで、あと一日。
「急ごう」
顔を上げる。
「見つける」
その声に迷いはなかった。
「月蝕の子が本当に存在するなら……」
「過去の悲劇を繰り返さないためにも、俺達が導かなければならない」
シュンタが帽子を被り直す。
「ほな、探すしかないな」
その時だった。
「ハヤト殿下!」
騎士が慌てて部屋へ入ってくる。
「東外壁付近にて魔獣群を確認!」
「数は」
「十体以上です!」
ジュウタロウが眉を寄せる。
「多すぎる」
ハヤトは立ち上がった。
「俺が行く」
「ハヤト」
ジュウタロウが呼び止める。
「もし黒髪の青年が本当に帝都へ来ているなら、今夜、何か起きる可能性がある」
ハヤトは頷く。
「あぁ」
そして
「だからこそ、今できることをする」
「……あとは任せた」
三人は顔を見合わせ、頷く。
そして外套を翻し、ハヤトは執務室を足早に去っていった。
◇
同時刻。
帝都中央教会。
地下深くにある、高位神官達の間。
太陽の紋章の前で、数名の神官が跪いていた。
その最奥。
玉座のような椅子に座る男。
太陽教会教皇ーーヴァルド。
「報告します」
「黒髪黒眼の青年が、帝都周辺で確認されました」
「また、瘴気濃度も異常上昇しています」
ヴァルドは静かに目を閉じる。
「……月蝕の子」
低い声が落ちる。
「ここまで来たか……」
「皇子達も動いている模様です」
神官の報告に、ヴァルドはしばらく沈黙した。
そして、
「必ず、皇子達より先に見つけ出せ」
冷たい声。
「月蝕の子を、決して野放しにするな」
神官達が顔を上げる。
「もし抵抗するなら……」
「……拘束では、済まさん」
空気が凍る。
「世界の均衡を乱す存在を、放置することはできない」
「必要ならば、力を使うことも許可する」
神官達は深く頭を下げた。
「御意」
白い法衣。
太陽の紋章。
彼らは信じている。
これが世界を守るための、正しい行いだと。
礼拝堂の扉が開く。
夜風が吹き込む。
その先には、ぼんやりと明るい夜空が静かに広がっていた。
comi
9,838
はる☻
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Yuna
22,791
コメント
1件
読了しました🌙 今回の第10話、めちゃくちゃ重厚でドキドキしました…! ハヤトたちが「月蝕の子」を探す決意を固める場面、すごく熱かったです。 シュンタの情報網の頼もしさと、ジュウタロウの冷静な采配、3人の連携がいいなぁって。 特に教会側が“拘束では済まさん”って言い放ったところで、一気に空気が変わった感じがしました。 満月前のカウントダウン、これからどう動くのか気になって仕方ないです…! comiさんの世界観、好きです。大事に読みます。