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「口無パイセン、海行きたいっす」
ソファに座りゲームをしていた彼が唐突に言った。
俺はココアを飲む手を止め、彼の方を向く。
「は?なんで今……」
「なんとなくっす」
ゲームをする手を止め彼……十二村 結は俺の方を向き、そう言った。
今は冬の朝。
寒すぎて凍え死ぬんじゃないかと思うほどの温度だ。
今日は2人揃って仕事が休みで、家でのんびり過ごす……予定だった。
十二村が突然言うことは今回が初めてではない。
今までに何回もあった。
だが今回は系統が違った。
『海へ行きたい』
そんなこと、今まで言ったことがなかった。
今までは『パイセン、このゲームしましょ』だとか『パイセン、マ〇カしましょ』だとかすべてゲーム関係だった。
なのに何故、海。
ましてやこんな冬真っ只中に。
どこか頭でも打ったのだろうか。
「あ、ちなみに俺、頭打ってないっすからね〜」
俺の考えを見透かしたかのように十二村は言う。
なぜわかるんだ。
「パイセンの考えなんて手に取るようにわかるっすよ」
「………こわ」
「なんでっすか!?」
感じたまま言うと十二村は驚いた顔をした。
「ま、とにかく海行くっすよ」
冬の中外に出るだけでも嫌なのに、海に行くだなんて…。
出来れば行きたくない。
いや、絶対に行きたくない。
どれだけ反対しても十二村は意志を変えようとしない。
そんなところが子供のようだ。
どれだけ言ってもキリがない。
しばらく言い合った結果、十二村が俺にゲームで勝ったら行くという条件で落ち着いた。
普段はゲームで負けることがしばしあるが……
今回は絶対に負けることはできない。
「パイセン、ざっこ!笑」
十二村のアバターの名前とWINという文字が画面に表示されている。
負けてしまった。
いや待て、 俺が負けたのは、十二村が色んなアイテムを取ってしまい、俺にアイテムが全く手に入らなくて……。
大人気ない言い訳を脳内で早口で言ってるかのように、組み立てていく。
「じゃ、パイセン海行くっすよ〜」
十二村のゲームの上手さと自分の運の無さを、改めて実感する。
暖かい服装に着替え、海方面行きの電車へ乗る。
朝にしては電車は空いており、適当な席に座る。
十二村は当たり前のように俺の隣に座った。
電車に揺られながら、目的地につくのを待つ。
冬の朝は寒いが、電車の中は暖かい。
そのせいか、少しばかり眠気が襲ってくる。
眠らないように気をつけながら目的地を待つ。
待つ、待つ、待つ、待つ。
似たようなことが昔あったような気がするな…。
なんて、ありもしないはずの記憶が頭の中をよぎる。
電車の窓から見える景色は、都会らしいビルばかりだ。
同じ景色、変わらぬ景色…。
少し目をつぶる。
目的地まであとどのくらいだろうか。
十二村はなんで海へ行こうと言い出したのか。
なぜ今なのか。
様々な疑問が思い浮かんでくる。
答えのない問、見つからない問。
真っ暗な中、ただその問だけを見つめる。
脳内にある、意味の無い問を…。
段々とその問はバラバラになっていく。
原型をとどめずに。
元々どんな問だったのか分からなくなるほどバラバラに。
やがて、真っ暗な空間には問…いや言葉、文字はなく、ただ真っ黒い世界が広がった。
俺しかいない、広く退屈な空間になってしまった。