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一カ月ほどかけて聖国ハイネに着いても、それを共に喜んでくれる彼女はもはやいない。
グウェンダルはすでに理解していた。
これがメリーティアの抜け殻なのだということを。
ユージーンの母の姉妹の手を借り入国したあと、ふたりは当初の予定どおりグウェンダルが事前に購入していた家に住むことになった。
ヴェドニア帝国では、すでにユージーンの戴冠式が行われたようだ。
先帝ケイリクスは『アイボリー家がハイゼンベルグ侯爵家へ贈ったはずの毒入りワインを飲んでしまい、情婦だったメリーティアと共に死んだ』と処理されている。
アイボリー家はもちろん滅亡することになった。
ホールトン公爵グウェンダルは、行方不明という扱いにされている。
一部では、『愛する元婚約者をケイリクスに奪われたうえに毒を飲んで死んでしまい、自暴自棄になった末に気が狂い行方を眩ました』と噂されているらしい。
ユージーンからの手紙に笑い混じりの文章でそう綴られていた。
今のホールトン家は当主代理だった傍系の者が公爵位を継ぎ、若くして皇帝となったユージーンの助けになっているようだ。
ハイゼンベルグ侯爵家には、メリーティアが生きてグウェンダルと共にいるということをユージーン経由でこっそりと伝えている。
波乱の時代が過ぎ、ヴェドニア帝国はようやく平穏を取り戻そうとしているところらしい。
ユージーンへの返事をしたためていたグウェンダルは、一度大きく伸びをしてから立ち上がった。
聖国ハイネに来てからもう一カ月が過ぎている。
この国は、真っ白な街並みと壮大な神殿とが織りなす景観が美しいことで有名だ。
整備された道は明るい色のレンガで舗装されていて、どこを歩いても清潔だった。
聖国というだけあってさまざまな神が祀られており、宗教でくくられているわけではなく、神一体につきひとつ神殿が建てられている。
初めて聖国ハイネを訪れた者は、まず神殿の数の多さに度肝を抜かれるだろう。
小さな国の中に、人と神が密接に溶け込んでいるような暮らしぶりだ。
神殿は王家よりも尊ばれているように感じられた。
その国の片隅に、グウェンダルとメリーティアが暮らす家がある。
ユージーンの母の姉妹により紹介を受けたこの地区は、愛の女神の管轄らしい。
地区の中心には、愛の女神を祀る大きな神殿が建っていた。
愛する男女に寛容だからこの場所がいいだろう、と指定されたときはよくわからなかったが、地区ごとに祀る神が違っていて、その神にちなんだ雰囲気がそれぞれあるそうだ。
王族だった彼女は、今は愛の女神の神殿に神官として仕えている。
ちなみに神殿に仕えることは聖国ハイネでは最も名誉ある職と言われており、その中でも神官になるのは非常に難しいらしい。
そう大きくはない屋敷には、掃除と食事の用意をする使用人が数人と、あとはメリーティアがいるだけだ。
こちらへ移しておいた財産はそれなりに多いため、すぐに働きだす必要もなかった。
ヴェドニア帝国で暮らしていたときからは想像できないような、穏やかな時間が流れている。
ただ穏やかなだけで残酷な時間が。
メリーティアの様子は相変わらずだった。
呼びかけても返事をしない。表情も変わらない。人間としての最低限度の暮らしすらひとりでは何もできず、グウェンダルが何もしなければ一日中ベッドで横になっている。
かろうじて呼吸をしているだけの死体のようだ。
「メリーティア、水を飲む時間だ。身体を起こすぞ」
グウェンダルはメリーティアを抱き起こし、水を飲ませる。
一日の決まった時間に決まった量の水を飲ませ、食事もペースト状にしたものを食べさせるようにしていた。嚥下させるのも一苦労だ。
そして一日に一度身体を清拭する。
ときどき抱き上げて外へ連れて行くこともあったが、どのような景色を見せても反応はない。
それでもグウェンダルは献身的に世話をした。
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