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この頃、グウェンダルはニルスの神殿へと通い詰めていた。
「何か困ったことがあったらニルス様にお願いするといいわ」と、メリーティアが言っていたのを思い出したからだ。
メリーティアはニルスに頼んで時間を巻き戻し、生き返らせてもらったと話していた。
あのときは彼女の話が衝撃的すぎたあまり「そういうこともあるのか」とそのまま受け止めていたが、今になって思うのだ。
そんな大層な願いを叶えてもらうのに、代償がないはずがない、と。
メリーティアはそのあたりのことは何も言っていなかった。
けれどそう考えると納得がいく。
今の彼女の状態は、ニルスに願いを叶えてもらった代償なのだろう。
メリーティアは生きている。
魂はあそこにある。
きっとニルスは、メリーティアの心を持っていってしまったのだ。
こうなることを承知のうえで願いを叶えてもらったのだろうか。
そうだとしても、あまりにも報われない。
復讐を果たした末に廃人になるなんて、メリーティアの人生は一体なんだったんだろうと思わされる。
彼女はグウェンダルが、家族が、幸福な人生を歩んでいくことを望んでいた。
そのために復讐を果たしたのに、今のグウェンダルは幸せかと聞かれると「違う」としか言いようがない。
ハイゼンベルグ侯爵家の皆も、きっとこの状況を知れば同じ気持ちを抱くだろう。
メリーティアがいなければ、自分は幸福になどなれない。
メリーティアの願いは時間を戻して生き返り、復讐を果たすことだけだったのかもしれない。
けれど彼女の本当の望みは、愛する人たちの幸福のはずだ。
このような状況で、はたしてニルスはメリーティアの願いを叶えられた、と言えるだろうか?
グウェンダルは毎日、毎日、ニルスの神殿まで通って祈りを捧げた。
メリーティアの心が戻るようにと願った。
神が人を救うことなど、本当はほとんどないと知っている。
それなのにメリーティアを二度も助けたということは、それだけニルスが彼女を特別に思っているということだ。
どのような形であれ、人間とは違う感情かもしれなくとも、愛は愛だ。
グウェンダルはニルスの愛を信じることにした。神に縋るほかなかった、とも言えるかもしれない。
祈りは一カ月――半年――一年――と続いた。
何年かかろうと、たとえ死ぬまでだってやめるつもりはない。
メリーティアが死んでから彼女の願いを叶えたように、グウェンダルが死後の世界へ旅立ってから、ニルスが会う気になってくれるかもしれないからだ。
そんなグウェンダルの切実な願いが届いたのか、来月で二年が経とうかというときにニルスが夢に現れた。
願望が見せた、ただの夢かもしれない。
はじめはそう思ったけれど〝ただの夢〟として片づけるには感覚がはっきりしすぎている。
白く輝く空間は、グウェンダルが一度も訪れたことがないような、美しく澄み渡った幻想的な場所だった。
天国というものは、意外とこんなふうに何もない場所なのかもしれない。
ぼんやりとそう感じた。
身体は漂うようにふわふわと浮いており、天も地もあやふやだ。
その中で、その男神だけが地に足をつけて立っている。
ニルスだとすぐにわかったのは、毎日神殿に通って彫像を眺めていたおかげだろう。
白い布をまとっただけの均整のとれた肉体は、戦の神と呼ばれるに相応しい堂々たる出で立ちだ。
人間離れした神々しい顔立ちは、美しいという言葉すら陳腐に思わせるほど超越していた。
彼は眉を顰めてこちらをじっと見ている。
掌にすっぽり収まるくらいの大きさの球体を、胸の中に大事そうに抱いている姿が印象的だった。
戦の神らしく武器を持っていたならそれらしいと納得しただろうけれど、この姿は違和感を生じさせる。
ガラスのような繊細な見た目の球体は、中でもやもやと黒いものが渦巻いていた。
その靄をずっと見ていると感情が引きずられる感覚がして、突き刺すような痛みが胸を苦しめる。
それでも、グウェンダルはその球体が不思議と恋しくてたまらないような気持ちになった。
「――夫婦共々しつこいな」
低い声は、とげとげしい言葉のわりに柔らかな響きを持っていた。
「彼女の心は私がもらったのだ」
ニルスは黒い球体をぎゅっと掌で覆い隠す。
「……それがメリーティアの心なのですか?」
「そうだ。傷ついて、傷ついて、こんなに穢れてしまった」
ニルスが撫でると靄は一瞬晴れるものの、すぐに球体全体を再び黒く覆い尽くす。
「傷ついて……」
「だから私がこうして癒やしているのだ」
「……っメリーティアの心を返してはいただけませんか? 彼女は私の幸福を願っていました。彼女がいなければ、私は幸福になどなれないのです! 私がメリーティアを癒やすとお約束します。彼女を幸せにすると誓います、どうか」
「人の力では癒やせない。表面上はどうにか繕えても、メリーティアは生涯苦しむだろう」
「私が共に苦しみます。私が共に抱えます」
「――――」
ニルスは球体の中の靄が揺らぐのを見て、目を細める。
そのまなざしに込められた温もりは父のようでもあり、友や恋人のようでもあった。
ニルスがおもむろに球体に触れると、ガラスのように見えたはずの表面に指先が沈む。まるで水の中に指を入れているような波紋が広がった。
黒い靄の奥を探るようにしたあと、球体の中から指を引き抜く。
ニルスの親指と人差し指につままれていたのは、真珠くらいの大きさの光り輝く〝何か〟だった。
「…………それは?」
「私が癒やした心のひとかけらだ」
ニルスがその『心のひとかけら』にふーっと息を吹きかけると、それは蝶の姿になってひらひらと飛んでいってしまう。
グウェンダルは慌ててそのあとを追いかけた。
「メリーティアの心はたしかに私がもらった。だが、これから芽生える心までは私の知ったところではない。……お前のしつこい祈りはもう懲り懲りだ」
グウェンダルは必死で走った。
ふわふわと浮いているような空間では手足が上手く動かせないが、とにかくがむしゃらに走った。
蝶にもう少しで手が届きそうになり、ぐっと腕を伸ばす――
もあ
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鬼霧宗作
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#復讐
りう。
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さぶれ-SABURE-
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