テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第5話:うたた寝の時間
今日も同じ時間、同じ場所。
物置に入ると、木の匂いとほこりの奥から、微かに懐かしい空気が流れてくる。
例の本は、まるで私の来訪を待っていたかのように、昨日と同じ位置で開かれていた。
西陽がゆっくりとページを照らす。
浮かび上がった文字は、静かにこう綴られていた。
「おまえが ひるねしてるときが」
「いちばん あんしんだった」
その言葉を見た瞬間、まぶたの裏が熱くなった。
*
子どもの頃、私はよく祖父の膝の上で昼寝していた。
私——ユイは、当時まだ髪を肩まで伸ばしていた。寝癖のついた前髪を気にせず、ほっぺたを真っ赤にして外を駆け回っていた。
お気に入りの猫のプリントTシャツに、ひざの出たショートパンツ。日焼け止めを塗っても、すぐに赤くなる肌だった。
昼過ぎ、遊び疲れて部屋に戻ると、祖父の横に並んでごろりと寝転ぶのが日課だった。
祖父は、色あせた作業着のまま、背中を壁にあずけて本を読んでいた。
その手のひらは、乾いていてあたたかかった。
私はそこに頭を乗せて、しばらく目を閉じた。
次のページには、さらにこう記されていた。
「おまえだけは おこらなかった」
「おこらずに そばにいてくれた」
祖父の視点が、はっきりと伝わってくる。
私は怒ってなどいなかった。ただ、一緒にいた。それだけのこと。
でも、それが祖父にとって、どれほど貴重だったのか。
思えば、祖母の前で祖父が声を荒げるところを、私は一度も見たことがなかった。
いや、声すらほとんど発していなかった気がする。
そして、私が昼寝をしているときだけ、祖父はとても穏やかな顔をしていた。
本の文字は、こんなふうに続いていた。
「ただ そこにいるだけでよかった」
「それが わたしには たすけだった」
*
祖父の姿がふいに脳裏に浮かぶ。
猫背で、眉の間に深いしわを寄せていたけれど、私を見ているときだけそのしわがほどけていた。
縁側でうたた寝をしている祖父の横で、私が目を覚ます。
薄く目を開けると、祖父はうたた寝のふりをしていて、でも少し口角が上がっていた。
——そんな光景が、まるで昨日のことのようによみがえる。
*
私は、本のページをそっと閉じた。
そして、物置の隅に置いてある古い座布団に腰を下ろし、しばらく目を閉じた。
音は何もない。ただ、祖父の本のぬくもりだけが残っていた。