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第6話:ためいきの記憶

その日、物置の空気はどこか重たかった。


西陽は変わらず差し込んでいるのに、畳の色が昨日より濃く見えた。

私はいつものように本を開く。けれど、そこに浮かび上がってきた文字は、これまでとはどこか違っていた。


「はなすと おこられる」

「しずかにしていれば まだ ましだった」


声にならない、けれど確かな苦しみ。

まるで、こぼれかけた独白が、紙に吸い込まれているようだった。


私はゆっくりとページをめくる。

西陽の角度が変わるにつれ、新たな言葉が浮かんでくる。


「ちがうと おもっても いえなかった」

「なにかいえば こえをかえられる」


“声を変えられる”——その意味がすぐには飲み込めなかった。

けれど、それはおそらく、言葉の裏を捻じ曲げられる、という意味だと気づく。


祖父は、いつも黙っていた。

祖母の前では特に。



祖母の姿が、頭に浮かぶ。

濃い灰色の着物をきっちりと着こなし、まっすぐな背筋で食卓に座る。


目元の皺は浅く、整った輪郭。唇は紅を引かずにいても存在感があり、見つめられるだけで言葉を失ってしまいそうな、そんな人だった。


一言で済むことを、三倍の言葉にして相手の口を塞ぐ。

それを祖母は、決して怒鳴らず、ただ“理屈”のような顔をしてやってのけた。


祖父はそれに、口をつぐんでいたのだ。


本にはさらにこう書かれていた。


「くちをひらかないことが まもりだった」

「ためいきのかわりに ひとりで にわをあるいた」


確かに祖父は、よく庭を歩いていた。

何をするでもなく、雑草を見てはしゃがみ、落ち葉を拾い、何も言わずにまた立ち上がる。


私が祖父と並んで庭を歩いたとき、祖父はいつも、

「ようがあるんじゃない。ただ、ここにおるだけでええ」

と、ぽつりと言った。


その意味が今、ようやくわかる気がした。



次のページに目をやると、紙の上に不思議な改行ができていた。

文字の間が、少し広い。まるで、言葉にするには間が必要だったような、そんな間。


そして、そのあとにこう書かれていた。


「ほんとうは わたしも こえをあげたかった」


ページの端に、薄くかすれたしみがあった。

それは、にじんだインクなのか、あるいは——



私はその日、本を閉じるときに、そっとため息をついた。

まるで、誰かと交代するように。


誰もいない物置の中。

でも、不思議と孤独ではなかった。




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