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その日残業を終えた栄子は、数名しか残っていないフロアのデスクでスマホを見つめていた。

ここ数日、栄子は良に電話をしようかどうしようかと悩んでいた。


先日良と久しぶりに会った栄子は、自分が良をただ叱責しただけな事に気付いた。

とうの昔に別れたとはいえ、良とは同じ施設で育った仲だ。もうちょっと親身に話を聞いてあげても良かったのではと思っていた。

栄子は良が気が小さい事を知っていたので、自分の言いたい事だけを主張してその場を後にした事を後悔していた。



栄子と良が初めて出会ったのは、二人が中学三年生の時だった。

当時良は中高一貫の男子校に通っていた。栄子は当時受験勉強中で地元にある都立の進学校を目指していたので、わからない事があれば頭の良い良にいつも聞いていた。それがきっかけで二人は付き合い始める。

付き合うといっても、二人は真面目だったので高校時代は手も握らなかった。

ちゃんとした恋人同士になったのは二人が高校を卒業してからだ。


良が大学生活を送っている時、栄子は既に社会人として働いていた。

学生と社会人の付き合いは何かとすれ違いが多く、当時の良には他の女の影がちらつく事もあった。しかし良は必ず栄子の元に戻ってくるので、栄子はいつも見て見ぬふりをしてあげていた。

寛大な栄子のお陰で、良が就職するまで二人の交際は順調に続いていた。


しかし良が社会人になると、二人の距離は少しずつ離れていく。


会社に入ったばかりの頃、良はまだ医師になる夢を諦めてはいなかった。

お金を貯めたら医学部を受験して必ず医師になると栄子に言っていた。しかしいつの間にか良は夢を諦め、会社での出世を目指すようになった。

別れる前の良はおそらくそんな感じだったと思う。それがどうしてあんな事になってしまったのだろうか?



(よしっ)



やはりこのまま見て見ぬふりは出来ないと思った栄子は、勇気を出して良に電話をかけた。

しかし呼び出し音は鳴っているのに良はなかなか出ない。



(もしかしてまだ仕事中? ううん、まさかね。もう九時を過ぎているのよ。あの会社はホワイトで有名だもの、仕事はとっくに終わってるはず)



栄子はそう思いながら根気よく待ってみる。しかし呼び出し音が虚しく響くだけで良は出ない。

諦めて電話を切ろうとした時、突如繋がった。



「もしもし、良?」

「あーすみません、大変失礼ですが長谷部良さんのお知り合いですか?」



良とは違う声が聞こえてきたので栄子はびっくりする。



「……はい。長谷部良の親戚の者です」



婚約中の良を気遣い、栄子は咄嗟に親戚だと嘘をついた。



「ああよかったー。あ、実はですね、長谷部君が今日の午後からいきなり姿を消してしまいまして……」

「え?」

「昼休みに席を外したまま戻らないんですよ。社内を探してみましたがどこにもいないし外回りに行った感じでもないんです。で、困っていたところへちょうどお電話が来たので助かりました。 あ、ちなみに荷物とコートもデスクに置いたままなんですよー」

「携帯も荷物も置いたまま? 何も持たずにいなくなったんですか?」

「はい……それで困ってましてねぇ。長谷部君の行き先に心当たりはありませんか?」

「行き先ですか?」



そこで栄子はハッとする。



「一ヶ所だけ心当たりがありますが、いるかどうかは……。でも念の為行ってみます。えっと、その前に彼の荷物を引き取った方がいいですよね? よろしければ今から取りに行きましょうか? ここから御社までは近いので」

「そうしていただけると助かります」

「では今から20分くらいで伺います」

「ありがとうございます。ではビルの裏側に守衛室がありますのでそこに荷物を預けておきますね。えっと、お名前は…携帯に表示されていたのは立花様でお間違いないでしょうか?」

「はい。立花栄子と申します」

「あ、僕は久保田(くぼた)と申します。では立花様がいらしたらお渡しするよう申し伝えておきますのでよろしくお願いします」

「わかりました。本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません」



そこで栄子は急いで良の会社へ向かった。



守衛室で良の荷物を受け取った栄子は、そのまま心当たりの場所へ向かう。

良がいるかもしれないと思った場所は、美空愛育園にほど近い高台の公園だ。

高校時代、二人でよくお喋りをした思い出の公園だ。

あの当時良は嫌な事があると決まってあの公園へ行っていた。だからもしかしたらそこにいるかもしれないと栄子は思ったのだ。



電車に乗って最寄り駅へ着くと栄子はすぐにタクシーに乗る。この時間もうバスはない。



(ったく、いい大人が何やってんのよ……)



そう心の中で呟きつつ、栄子は心配で心配で仕方がなかった。



(仕事でなんかやらかしたのかな? それとも例の事が上司にバレた? 普段は強がっているくせにあいつは意外と気が弱いところがあるから変な気を起こさなきゃいいけど……)



公園に到着すると栄子はタクシーを降りて坂道を上がっていく。



(ここに来るのは随分久しぶりだな……あの頃と全然変わってない……)



歩きながら栄子は遠い昔を思い出していた。



高校二年の時に良と初めてデートしたのがこの公園だった。


あの頃は二人ともまだ若く、純粋で無邪気でキラキラとしていた。

複雑な生い立ちの二人だったが、それでも明るい未来だけに目を向けて前向きに頑張っていた。

この公園で将来の夢や希望を語り合う二人の時間はとても楽しいものだった。


そこで栄子は気付く。

栄子と良が別れた頃、良の顔からはすっかり笑顔が消え失せていた事に。

あの頃の良は会社でのストレスをかなり抱えていたような気がする。しかしその後すぐに二人は別れてしまったので、栄子は良の悩みを知らないままだった。

あの時少しでも話を聞いてあげていれば、良はこんな風にはならなかったのだろうか?



(私の後に園に入所した良は、不安そうな表情で幼い楓の手を引いていたなぁ。園に慣れるまではいつもビクビクしていたし……本当にあいつは昔から気が小さいんだから……)



栄子は良に初めて会った時の事を思い出す。



坂を上り切ると、暗闇の中にいくつもの街灯の明かりが灯っていた。

その明かりを頼りに、栄子は二人がいつもお喋りをしていた一番奥にあるブランコを目指す。

ブランコはこの公園での特等席で、座った目の前に宝石のような美しい夜景が見える。


そこで栄子はハッとした。



(フフッ、こんな所に良がいるわけないか! だって良には婚約者がいるのよ。きっと今頃は婚約者の元へ帰ってるわ。アハハ私ったら何やってんの? そんな事にも気付かないなんて……)



栄子は昔のように良を心配している自分に気付きつい可笑しくなる。あまりの自分の滑稽さに笑いが止まらなくなる。

その時栄子は笑いながら涙を流していた。



(あんな駄目男だけど、良は初めて愛した男だったんだよね。良と別れた後他の男性と付き合ってみたけど、どれも上手くいかなかったのは多分私がまだ良の事を好きだからなんだよね。そんな事に今頃気付くなんて、私ったらなんて馬鹿なの……)



泣きながら歩いている栄子は、念の為確認だけして帰ろうとそのままブランコへ向かう。

その時、前方からキィキィという少し錆びた金属音が聞こえてきた。



(良? いるの?)



栄子はブランコへ急ぐ。

するとブランコにはスーツ姿の男の丸まった背中が見えた。男は夜景を眺めながらブランコをゆっくりと漕いでいた。


その瞬間栄子はホッと胸をなでおろす。そして手で涙を拭うと思い切り叫んだ。



「良っ!!!」



突然ブランコが止まる。そしてブランコをこいでいた男が後ろを振り向いた。


そこには憔悴しきった顔の良がいた。

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