不意に惑いきた夏焼けの黄葉が、音を立てず彼女の美髪に沿って流れ、福寄せの繊手にやんわりと触れて、地面に落ちた。
「なんか……、いい人みたい?」
いち早く肩の力を抜いたのは、他ならぬ当座の状況に到るきっかけを作った幼友達だった。
良くも悪くも、まっすぐな彼のことだ。先のセリフから、こちらの身を気遣ってくれていると、そんな風に錯覚したのだと思う。
早計だ。
彼女が誘う先は、単にそこいらの木陰じゃないように思えて仕方がなかった。
「ほら、ボサッとしてないで。早くこっち!」
猜疑心が行き来する私たちの様子に、やはり苛立ちが募ったのだろう。
手招きの姿勢にも、より一層の熱がこもる。
「ほら! 早くしないと危ない! 危ないからッ!」
「え………?」
そこで、私はようやく彼女に二心がない事を知った。
状況が状況なだけに判断ミスも仕方ないが、いま振り返ってもまったく肝の冷える思いだ。
「うわっ!?」
唐突に、後方で激しい水音がした。
同時に、首筋に点々と生ぬるい飛沫が当たるのを感じた私は、勢いよくそちらを返り見た。
「はぁ………?」
“それ”を目の当たりにした際の第一声は、そんな感じだったと思う。
いやもしかすると、声にすらなっていない。単に、肺の中の空気が唇から漏れ出る音だったかも知れない。
“なぜ今、このタイミングで?
そうした尤もな疑問など、手元に拾い上げる間もなく、さっさと恐怖心の奥底へ沈んでいった。
「ひ………っ!?」
同じく池の様子を認めた友人たちが、か細い悲鳴を飲み込んだ。
褐色のハサミは、まるで不要な建物を解体する際に用いる重機のようだった。
頭頂に突き出た二つの目玉は、ちょうど地中から掘り出したばかりの玉石に似て、一分の輝きもない。
背中に負った皺寄りの甲羅には、経年の苔が茫々と生しており、濁った水滴が無数に垂れていた。
「これ………」
それは、私たちが想像した通りの姿だった。
とは言え、教室でワイワイと空想した愛らしいフォルムとは似ても似つかない。
ただ、子供たちの無鉄砲ぶりを後悔しても余りある恐怖の対象が、たしかにそこに居た。
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