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しかし俺の不安とは裏腹に、仁さんは仕事が忙しいのか
相変わらず花屋に顔を見せることはなく
俺も俺で、朔久と行っているプロジェクトで多忙な日々を過ごしていた。
◆◇◆◇
それから約1週間が経過した
11月23日 日曜日──…
いよいよ、朔久と遊園地に行く日がやってきた。
約束の時間の30分前に、俺は蚕糸の森公園前の待ち合わせ場所に到着した。
昨日までは天気予報が雨の予報だったのが幸運にも晴れになり
薄曇りながらも清々しい空模様となった。
約束の時間まであと30分
早すぎたかな、と思ったが、待つのは苦ではない。
朔久が来るまで、しばらく周囲を散策することにした。
公園の入り口付近は木々が生い茂っており、風が心地よい。
ベンチに座って、ぼんやりと空を眺めていると不意に誰かが俺の肩を叩いた。
振り返ると、そこに立っていたのは朔久だった。
「楓、早いね」
朔久はにこやかに笑い、真正面から俺に声をかけてき
彼の服装は、以前会った時とは違ってカジュアルなデニムに白いTシャツ。
それでも、どこか洗練された雰囲気があるのは彼自身の持つオーラだろうか。
「朔久もね。天気良くなってよかった」
「うん、日頃の行いが良いからかな」
朔久は少し得意げに笑った。
その屈託のない笑顔に、俺の心は少しだけ軽くな る。
そこからは他愛もない会話をしながら、俺たちは遊園地へと向かった。
遊園地のゲートをくぐると、色とりどりのアトラクションが目に飛び込んできた。
賑やかな音楽と、人々の楽しそうな声が混じり合い、一気に非日常の空間へと誘われる。
朔久は慣れた手つきで受付を済ませ
俺たちはまず、一番人気のジェットコースターへと向かった。
「楓って絶叫系得意だけどさ、他にも好きなのあったっけ?」
「あー、お化け屋敷とか?」
俺の言葉に、朔久は意外そうな顔をした。
「なんか、以外かも。高校のときとかめっちゃビビってなかった?」
「昔とは違うってこと!まあ、お化け屋敷は…まだちょっと苦手だけど克服するために入るのもアリ
かなって」
苦笑いしながら答えると、朔久は楽しそうに笑った。
◆◇◆◇
ジェットコースターに乗ると、急降下と急上昇に、2人揃って声を上げた。
風を切る感覚が心地よく、麻していたはずの感情が、少しずつ揺さぶられるような気がした。
次に乗った空中ブランコでは、空中に放り出されるような浮遊感に、思わず隣の朔久と顔を見合わせて笑った。
バイキングでは、胃が浮き上がるような感覚に二人で絶叫した。
「次はミラーハウス行ってみない?」
朔久が提案し、俺たちは鏡だらけの迷路へと足を踏み入れた。
どこまでも続く鏡の通路に、自分の姿が何重にも映し出される。
方向感覚が狂い、思わずよるめいたその時
「っと、危ない」
朔久がすっと手を差し伸べ、俺の手をしっかりと握った。
暗闇の中、彼の手のひらの温かさがじんわりと伝わってくる。
「ご、ごめん!」
俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。
「暗くて危ないし、手繋ごっか」
朔久はそう言って、俺の手を握ったまま迷路の奥へと進んでいく。
その手の温かさに、俺は何も言えずにただ頷いた。
ミラーハウスを抜けたあと
朔久は「ここも行こっか」と言って、お化け屋敷の入り口を指差した。
正直、お化け屋敷は苦手だ。
だが、朔久の手がまだ俺の手を握っていることに気づき
俺は何も言わずに朔久に引っ張られるがまま、お化け屋敷の中へと入っていった。
中は真っ暗で、不気味な音が響いている。
突然現れる仕掛けに、俺は思わず朔久の手に力を込めた。
久はそんな俺の様子に気づいたのか、さらに強く手を握り返してくれた。
お化け屋敷を出ると、俺はどっと疲れた。
「お疲れ様、楓」
朔久は俺の頭をポンポンと撫でた。
「疲れたね。そろそろお昼にしない?」
朔久の提案に、俺は大きく頷いた。
フードコートに着くと、食欲をそそる香りが漂ってきた。
刺激的な激辛たこ焼き(唐辛子マヨかけ)とボリューム感満載のチリドッグ
生クリーム山盛り苺クレープ
カツカレー、アメリカンドッグ
チーズたっぷりフライドポテトなど様々なメニューが並んでいる。
「楓、何にする?」
「うーん…俺は激辛たこ焼きと、チリドッグかな。
朔久は?」
「ほんっと楓って辛党だね、んー、俺は苺クレープと……あとはカツカレーにしようかな」
俺たちはそれぞれの好みのものを注文し、テーブルに座った。
朔久がふと、ニヤリと笑った。
「そういえばさ、この激辛たこ焼き、ロシアンたこ焼きにしてみない?」
「ロシアンたこ焼き?」
「うん。いくつか激辛のやつ混ぜて、どっちがた
るか勝負!」
朔久の提案に、俺は面白そうだと頷いた。
たこ焼きを一つずつ選び、同時に口に入れる。
「んぐっ……!」
朔久が顔を真っ赤にして、口を抑えた。
どうやら彼が激辛を引いたようだ。
俺は思わず笑い転げた。
「はっ…!そうだ……ロシアンたこ焼きと言えばこの前、仁さんとここ来たときにやろうと思ってたのに完全に忘れてた…!!」
俺が独り言のように呟くと、朔久の表情が少し硬くなった。
「楓、俺といるときに他の男の名前出されると…嫉妬しちゃうな」
朔久は少し拗ねたような、それでいて真剣な眼差しで俺を見つめた。
その言葉に、俺の心臓がまた小さく跳ねた。
俺は少しだけ戸惑いながらも、どこか悪い気持ちはしなくて。
「き…今日は、デートで来てるもんね」
俺は慌てて謝った。
朔久はすぐにいつもの笑顔に戻り「ごめんね」と言い、残りのたこ焼きを頬張った。
食事が終わり、次は何に乗ろうかと話していると
突然俺のスマートフォンが鳴った。
画面を見ると、将暉さんの名前が表示されている。
「ちょっとごめん!友達から電話だ」
朔久に断りを入れてから電話に出ると、将暉さんの焦ったような声が聞こえてきた。
《楓ちゃん、急で悪いんだけど、今どこいる?》
《え?》
《今日男二人で飲むぞって話してたのに仁と全然連絡が取れてなくてさ》
将暉さんの言葉に、俺は驚いた。
仁さんが連絡が取れない?
まさか、また倒れているんじゃないだろうか。
以前、仁さんが仕事の忙しさで部屋で倒れたことがあった。
その時、たまたま隣室に住んでいた俺が気づき
ベッドまで運んだが
あの時の仁さんの青白い顔が脳裏をよぎり、胸騒ぎがした。
《えっ、そうなんですか?俺は今 …朔久と遊園地来てて……》
《そなの?そりゃ邪魔しちゃってごめんねー》
将暉さんは申し訳なさそうに言ったが、俺の頭の中は仁さんのことでいっぱいだった。
《いえいえ、とんでもないです!ただ…ちょっと心配なので電話だけしてみますね!》
《お、助かる、悪いけど頼むね》
将暉さんとの電話を終え、すぐに仁さんの電話番号をタップした。
コール音が鳴り響く。
1コール、2コール、3コール……不安が募る中
5コール目でようやく仁さんが出た。
いかにも風邪をひいているような、掠れた声と重たいトーンが、電話口から聞こえてきた。
《……か、楓くん?どしたの》
《仁さん!将暉さんから連絡来たんですけど……今、どこに?》
《あーー…ごめん。今ね、家だわ。そいえばアイツと飲む約束してんだったな…断っとかないと……」
仁さんの声は、やはり掠れている。
その声だけでも、彼の体調が優れないことがはっきりと分かった。
《仁さん、もしかして体調悪いんですか?》
《ああ、ちょっと、風邪ひいたぐらいだよ、将暉には俺から言っとくし気にしなくていいから。それより今日、色川とデートでしょ、楽しんどいで》
そう言うと、仁さんは大きく咳き込んだ。
その咳は、想像以上にひどく
電話口からでもその苦しさが伝わってくるようだった。
そして、俺が何か言う間もなく、一方的に通話を切られてしまった。
《えっ、ちょっと仁さん?!》
俺は慌ててスマートフォンに話しかけたが、既に通話は切れている。
朔久が心配そうに俺を見ている。
「どうしたの、楓?」
「仁さんが…将暉さんと飲む約束してたのに連絡取れなくて、将暉さんから電話かかってきて……仁さんに電話したら、凄く体調悪そうで…っ」
俺は朔久に事情を説明した。
すると、楓は浅くため息を吐いた
しかし、笑っていて
「本当に…友達思いなとこ、全然変わんないな。……いいよ」
それは行っておいで、という合図だった。
行っていいのか、悩みつつ
仁さんの咳き込む声が耳に残り、いてもたってもいられない気持ちになる。
「ごめん朔久、この埋め合わせは今度するから!」
俺は久の返事を待たずに走り出した。
遊園地の賑やかな喧騒を背に、出口へと向かって駆け出した。
(仁さん……大丈夫かな、っていうか、風邪ならスポドリと消化しやすい食べ物買っていったほうがいいはず…!)
俺は近くのコンビニエンスストアを探し、丁度目に付いたセブンイレブンに駆け込んだ。
カゴを手に取り、飲み物の並ぶ冷蔵庫の前に立つ
商品棚に並んだアクエリアスとポカリスエットを前に、俺は迷いなく扉を開けた。
仁さん、結構飲みそうだし…どっちも1本ずつ買っていこう!と考えて、手を伸ばす。
一本ずつ
それぞれのペットボトルのキャップの部分を人差し指と中指の間に挟み込み
そのまま軽く持ち上げて買い物カゴへと入れる。
そしてこういうときは大体、友達の好きなものを買っていってやるのが普通なのだが
ここで問題が発生する。
(いや待て…俺、仁さんが何食べるとか、好きなスイーツ?とか全然知らなくない……?)
今更すぎるが、出会ってから数ヶ月