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その店はこの広い街にあってその中でも割と大きな店である。それもそのはずで武器を取り扱う店は街でこの一軒のみ。防具もそうでさらには鍋や包丁なんかも置いてある。
凶悪な魔獣やらの被害がそれほど多くないこの街で武器屋というのは儲からないのかもしれない。よく切れる包丁が評判らしく、表の看板には鍛治の文字が剣の意匠の上から手書きで書かれている。
とはいえ目当てのものはこの中にあるかも知れない。未知の世界に期待を持ってその扉をくぐる。
カランカランと鐘の音。可愛いその音にやはり笑顔になる。
「いらっしゃい」
手にした本から視線を上げることなく、中年くらいの男がそれだけ口にする。
無愛想なその応対にさえ、ここが荒くれ者たちが訪れるそれなんだろうかと軽くテンションがあがる。
壁にかかる武器や、整然と並べられた防具や鍋をもの珍しく物色し、目当てのコーナーにたどり着く。
綺麗な弧を描いたそれは、展示であるために弦は張られていないが、引くことが出来れば無類の強さを誇るであろう、鉄製の剛弓。引くことが出来ればだが。
わたしには目的がある! 成し遂げなければならないことが!
「この弓を試させてくれませんかっ?」
たまらずそう声を掛けてしまっていた。
店員は無口なまま、その弓に弦を張ってくれる。実に手慣れた作業をするその背中に少女の目は釘付けになる。いちいちの動作に筋肉が動くのがわかるほどによく鍛えられた背中は、登録したばかりの冒険者ギルドでも狩人の先輩方にも見たことはない。
「落とすなよ」
そう言って弓を差し出してきた左腕は幾本もの筋が隆起しており、ほんとにどうなっているのか……指でなぞりたいなんて思う。
同じように左手で受け取ろうとして
「両手で持て。落とすなよ」
また言われてしまった。確かに不用意ではあったが、そんなに心配されるほどに鈍臭くはないと、内心愚痴りながら受け取る。
「ぅんっっ⁉︎ おっもぉぉぉああ! むりぃーーーっ!」
秒殺。せめて床に打ち付けないようにと全身で抱えて、背中から倒れた少女は巨人族御用達の剛弓の下敷きになった。
「潰れたカエルみたいだな」
そんな声が聞こえた気がした。