「とりあえず、洗濯して、掃除して……。三日間のメニューを考えよう」
誰もいない部屋で呟く。
一通り終わらせ、冷蔵庫を見る。
やっぱり何も入っていない。
孝介の指示で、作り置きをしないこと、食材などもできるだけ使い切ってほしいと家政婦さんにお願いをしている。子どもの頃、食中毒にあって具合が悪くなったことがトラウマらしい。
「調味料と……。飲み物しかないや。あとお米……」
買い物に行こうと出かける準備をしていた時だった。
「誰だろう?」
私の携帯が鳴った。
着信相手を見ると、姑からだった。また何か言われるのかな。
嫌な予感満載で電話に出る。
「もしもし?」
<もしもし?美月さん>
「はい」
<昨日、孝介宛てに手紙が届いたのよ。そんなに重要な手紙じゃないと思うんだけど。もしも大切な内容だったら困るから、取りに来てくれる?どうせ家にいるんでしょ>
最後の言葉にイラっとしてしまったが、今日、孝介は実家に寄ると言っていた。その時に渡せば良かったのに。
「あの。今日孝介さん、そちらに行ってないんですか?朝、着替えとか……。荷物を取りに寄るって言ってたんですけど……」
<来てないわよ。確か……。今日から出張でしょ?着替えなんて、なんでこっちに取りに来る必要があるのよ。あなたが用意すれば良いことじゃない。孝介のスケジュールもわかっていないの?>
出張であることには間違いがないんだ。
「すみません。わかりました。孝介さんに連絡してみます」
朝、事故とかに巻き込まれてないよね。
<結構よ。私がやっぱり連絡してみるから>
その後、ツーツーと急に電話を切られた。
「やっぱり苦手」
性格がキツイところとか、孝介、お母さんに似たのかな。
買い物、どうしよう。
ここでしばらく待機していた方が良いのかな。
孝介の実家に行くなら、スーパーとは逆方向で電車に乗らなきゃだし。
カバンを置いて、ポスっとソファーに座った時だった。
もう一度電話が鳴った。また義母だ。
「はい?」
<美月さん。孝介と連絡が取れたんだけど。今日こっちに来るなんてそんなこと言っていないって言ってたわよ。美月さん、私にウソをついたでしょ。専業主婦であるにも関わらず、美月が用意していなかったら出張先で買い揃えるって言ってたわ。可哀想に。どうしてそんなに気遣いができないの?>
えっ、何それ?全然話しが違う。
言い返したいけど……。
こういうこと、何度も経験してきた。
けれど、言い返したところで私の主張は通らず、義母は孝介のことを信じるし。面倒だ。
「すみません」
<とりあえず、手紙も取りに来なくていいから。孝介が出張から帰ってくる時にこっちに寄るって言ってたわ!>
「はい」
できない嫁に苛立っているのか、先程と同じように勢いよく電話が切れた。
「はぁぁぁぁ……」
深く重い溜め息が出てしまった。
なんかもう嫌。
私の人生、こんな感じで終わっちゃうの?
昔みたいに……。自由な生活に戻りたい。
「よしッ」
私は自分の洋服がしまってあるクローゼットの扉を開け、さらに奥にあるカラーボックスの中から通帳を出した。
このお金は、私が働いていた時の定期積立金。
主要な通帳は孝介に没収されたが、こっちの通帳は今もバレていない。
夫婦の財産は共有だって言われた時は納得したけど、自分の通帳は見せないクセに、私のだけよこせっておかしな話だと思ったから。
今でもこっそり隠している。
ただ、その貯金も多くはない。
お金を孝介に管理されているため、私個人のお金は増えることなく減っていく一方だ。
今日は孝介が帰ってこない。
このお金を使って気分転換にご飯を食べに行こう。
この時、小さな罪悪感みたいなモノが生まれた。
一人でご飯を食べに行くことくらい、悪いことではないよね?
自分のお金なんだし。
昼ご飯は何も食べずに、家の隅々まで掃除をした。
夕方になり、お気に入りの淡いパープル色のワンピースを着て、家を出た。
何を食べに行こう……。
時間は十分あったのに、決まっていなかった。
とりあえず電車に乗って、新宿にでも行こうかな。
あっ、この間テレビで特集していた和食屋さんなんか良いかも。
お魚が食べたい気がする。
場所なら記憶していた。昔勤めていた会社の近くだったから。
新宿駅に着き、目的のお店を目指し歩いていた。
人、多いな。みんなこれから帰るところなんだ。
通勤ラッシュで構内は混んでいた。
私もちょっと前まではこうやって働いていたのに。
自分と同じような歳の女性を見かけ、ふとそう思った。
目的地まで着いたけど、混んでるな。待っている人いるし。
せっかくの機会、待つことにした。
しばらく待っていると、順番が来たため店内に入った。
店内は賑わっていた。
ガヤガヤしていて……。
一人でゆっくり食べられる雰囲気ではないな。酔っている人も多いし。
注文した料理を黙々と食べ、退店した。
美味しかったけど、もっと落ち着いて食べたかったな。
そう思いながら歩いていると、ふと思い出したことがあった。
働いていた時に、一度は行ってみたかったBARがある。
大人になって、そのお店の雰囲気に合った女性になれたら入ろうと思っていた。
その時と何も成長していないかもしれないけど……。
今でもそのお店ってあるのかな。
フラッと誘われるように歩き出し、記憶を辿りながらそのBARを探す。
「あった!」
看板を見つけ、ふと声を出してしまった。
二階にあるそのお店、ネットとかで調べた時もあった。
店内は清潔感があり照明は暗く、客層も一人の人が多いため、落ち着いてお酒を飲めると高評価だった。
そのお店は、バーテンダーさんがお客さんに合ったおススメのカクテルを作ってくれるらしい。
もうこんな機会、ないかもしれない。
そう思うと自然と足が動いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!