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コメント
1件
うわあ、第9話、すごく痺れました……!カシスが「素人同然」と笑ったあの陣形、全部スピリタスの誘導だったんですね。右翼を湿地に、中央を薄く見せて、本陣ごと囮にする発想が鮮やかすぎる。「名将ほど自分の目を信じる、だから見たいものしか見えなくなる」——この台詞、胸に刺さりました。心理を読んだ上での布石、一文一文に緊張感があって、ページをめくる手が止まらなかったです。次が待ち遠しいです🌷
「スピリタス?」
カシスは眉をひそめた。
報告を持ってきた伝令を見つめる。
「誰だ、それは」
「ライナー王配下の将でございます」
「ライナー王の?」
思わず鼻で笑った。
「聞いたこともないな」
天幕の中にいた将校たちも顔を見合わせる。
王都では多少名が知られているのかもしれない。
だが少なくとも戦場では無名だった。
カシスは卓上の地図へ目を落とす。
「ジュリアスならともかく」
「ライナーなど所詮は若造だ」
指先で王都を軽く叩いた。
「あの男はジュリアスの威光を借りていただけだ」
「後ろ盾を失った今、何ほどのものでもあるまい」
周囲の将校たちも頷く。
ライナーは王であって軍人ではない。
少なくとも彼らはそう考えていた。
「むしろ問題はアントンだ」
その名が出ると空気が変わった。
誰もが顔を引き締める。
ジュリアス亡き今、
王国最強の猛将と呼ばれる男。
幾度も戦場を共にした相手だった。
カシスは不機嫌そうに舌打ちした。
「だから一緒に殺しておけばよかったものを」
誰に向けた言葉かは明らかだった。
「ブルートゥースが」
天幕の中に苦笑が広がる。
暗殺の日。
アントンも始末するべきだった。
そう主張したのはカシスだった。
だがブルートゥースは反対した。
結果として、
その判断が今の戦争を招いている。
「まあいい」
カシスは椅子から立ち上がった。
地図の一点を指差す。
そこは街道と河川が交わる要衝だった。
「本軍が到着するまで奴らを防げばいい」
ブルートゥース軍主力が合流すれば、
兵力差はこちらに傾く。
焦る必要はない。
「敵兵力は?」
「一万二千ほどかと」
「こちらは一万八千」
カシスは満足そうに頷く。
数では勝っている。
地形も悪くない。
補給も十分。
負ける理由が見当たらない。
「なら決まりだ」
剣を腰に差しながら笑う。
「王の寵臣というそのスピリタスという男に教えてやろう」
「戦争とは何かをな」
将校たちも笑った。
誰も疑っていない。
迫り来るスピリタス軍は、
ブルートゥース本軍到着までの時間稼ぎの相手。
その程度の存在だった。
少なくとも――
この時のカシスはそう信じていた。
「さあ、いきますか」
スピリタスは馬上から戦場を見渡した。
正面にはカシス軍。
兵数ではこちらが劣る。
だが彼の表情に焦りはない。
「本陣はこちらに」
丘の上を指差す。
「左翼はジョージ・パーカー」
「はっ」
兄ジョージが頭を下げた。
「右翼はチャールズ・パーカー」
「了解」
弟も短く答える。
「中央は私が率います」
命令はそれだけだった。
軍勢はゆっくりと前進を開始する。
そして――
敵から見れば妙な陣形になった。
右翼の部隊が南側の湿地へ向かっている。
隊列も乱れているように見える。
まるで戦場を知らぬ新兵の集団だった。
その様子を遠くから眺めていたカシスは目を細めた。
「なんじゃあれは」
隣の将校も首を傾げる。
「敵右翼が湿地へ入っております」
「自ら足場の悪い場所へ?」
「そのようです」
しばし沈黙。
やがてカシスは大きくため息をついた。
そして――
笑った。
「ははは」
「素人同然ではないか」
将校たちもつられて笑う。
「ブルートゥースについて正解だったな」
カシスは肩を揺らした。
「こんな奴らについていたら」
「いくら命があっても足らんだろうな」
敵軍を見渡す。
本陣は前へ出すぎている。
左右の連携も悪い。
右翼は湿地へ。
左翼は孤立。
中央は薄い。
どこから見ても欠陥だらけだった。
「将軍」
「いかがなさいますか」
カシスの目が鋭くなる。
先ほどまでの笑みが消えた。
「作戦変更だ」
「は?」
「本陣を急襲する」
将校たちが息を呑む。
「敵中央を突破するのですか」
「あんな素人陣」
カシスは剣を抜いた。
陽光を受けて刃が輝く。
「一撃で粉砕できるぞ」
そして剣先を前へ突き出した。
「全軍前進!」
「敵本陣を討つ!」
伝令たちが駆け出す。
ラッパが鳴る。
旗が振られる。
数千の兵が一斉に動き始めた。
土煙が舞い上がる。
その様子を丘の上から見ていたスピリタスは、
静かに口元を緩めた。
「食いつきましたね」
隣のジョージが苦笑する。
「見事なくらいに」
スピリタスは頷いた。
「名将ほど、自分の目を信じます」
「そして、自分の判断を疑わない」
迫り来るカシス軍。
だがスピリタスの視線は、
敵軍ではなくその後方に向けられていた。
まるで最初から、
そこへ誘導するつもりだったかのように。