テラーノベル
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沙里央
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柘榴とAI

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デジタルに強くなりたい。
せめて日常に必要なことだけはこなせるようになりたい。
そんな時、目の前に不思議な宝飾店が現れるらしい。
「その人にぴったりのジュエリー」を用意してくれるんだって。
+
スーパーのセルフレジで、孝三(87歳)は苦戦していた。 「……ええっと、1789円をここに入れて?……1円玉は9枚あるかな……?」
財布の中の小銭を取り出そうとするが、指先が乾燥していてなかなか取り出せない。
やっとの思いで小銭を投入したが、次にどのボタンを押せばいいのか分からない。
「チッ!早くしろよジジィ!」
いつの間にか私の後ろに並んでいた夫婦らしい男女に暴言を吐かれた。
「ああ、すみません。何せ年寄りなもんでやり方が分からんのですわ……」
「は?爺さん、ここのスーパーに来るの初めてなの!?」
女性が言葉尻強く問い掛けてきた。
「いやあ、この店はよく利用させてもらっていますよ。でもこの無人レジの操作方法が覚えられなくてね」
夫婦が私を笑い者にしていると、「お客様、お困りでしょうか?」という声が聞こえた。
このスーパーに勤めている真理ちゃんだ。
サービスカウンターで働いている真理ちゃんだが、時折、私が困っている時に駆け付けてくれる。
「清算でお困りですか?こちらのボタンを押してください」
無人レジから出てきたレシートを取る。
「うわぁ、やだやだ!歳って取りたくないよねぇ!!」
先程の夫婦が私に向けたと思われる言葉に聞こえない振りをし、急いで買い物かごを袋詰めの為の台に運ぼうとするが、歳のせいか思うように持ち上げられない。
「お運びいたしますね」
真理ちゃんがひょいとかごを持ち上げ、袋詰めの為の台まで運んでくれた。
「いつもありがとうね。無人レジが導入されてから、もう毎回珍紛漢紛でね」
笑ったつもりだったが泣き笑いになっていたかもしれない。
「いいえ、お困りでしたらいつでも呼んでくださいね」
そう言うと、真理ちゃんはサービスカウンターに戻っていった。
女房に先立たれ、1人暮らし。
成人して巣立った息子達は実家に寄り付かなくなった。
スーパーマーケットやドラッグストアーには1人で足を運ぶのだが、どこもかしこも機械化してしまって年寄りにはキツい。
無人レジは勿論、駅の切符を買うのにも一苦労だ。
後10年もすればお迎えが来るのだろうが、それまではこの世で肩身の狭い思いをしながら暮らしていかねばならない。
何とも時代の進化とは時に残酷なものだ。
エコバックに購入した食材を詰め、帰路に着く。
免許は70歳の時に返納したし、自転車には乗れない。
徒歩で自宅とスーパーマーケットを往復するのも、年寄りには実に効率の良い健康法ではないか。
そんなことを考えながらアスファルトの道を進む。
おや?何やら見慣れない店が建っている。
昔はうどん屋や喫茶店があったが、何せ田舎で、客が訪れずにすぐに潰れてしまっていた。
しかし山を削って建てられた新興住宅に引っ越してきた住民達によって町民数が増えていき、最近は随分と発展してきた。
洒落た居酒屋や珈琲店が何年も固定客を増やし続けている。
だから私は、それもいつの間にか建てられた店だと思ったのだ。
洋式の外観。
一体何の店だろうか?
西洋風の扉の取っ手に手を掛ける。
その瞬間、突然発せられた目映い光に私は反射的に目蓋を下ろした。
「お待ちしておりました。孝三様」
その声に反応して目を開けると、私はいつの間にか西洋調の椅子に腰掛けていた。
目の前には長身の若い男性が笑顔を浮かべて立っている。
周りを見渡すと、煌びやかな宝飾品達がその輝きをまざまざと解き放っている。
見覚えのある扉が見え、ここが先ほど外側から取っ手を握った店だと気付く。
「いやはや……、記憶が飛ぶなんて私も随分と耄碌したものだ。しかし何故私の名前を?」
「よく存じておりますよ。先ほどもセルフレジの前でお困りでしたでしょう?」
なるほど、この男性も同じ時間帯にスーパーマーケットにいたのか。
「いやあ、見られていましたか。お恥ずかしい」
頭の後ろに手を回して軽く掻く。
「お疲れのようですね。少し休んでいかれては?」
店の男性の手には、いつの間にか急須があった。
椀に注がれる紅茶の香りが鼻腔をふんわりと刺激する。
「持て成してもらっても、この店の商品が買えるほどの年金を私は貰っていませんよ」と冗談を言うと、「ご心配なく。お代は一切頂きません」 と返ってきた。
受け皿に乗せられた椀を受け取り、口に運ぶ。
「ああ、うまい。いつも日本茶だから紅茶を飲む機会なんて滅多になくてね」
「それは光栄です」
店の男性はにこりと微笑み、「本日は孝三様にぴったりの商品をご用意いたしました」と言うと、やはりいつの間にかその手の平の上に小さな箱を乗せていた。
「こちらの商品は、眼鏡に着けるジュエリー、『眼鏡チェーン』でございます。これを着けるとデジタルに強くなり、セルフレジや駅の改札でもスムーズに操作が出来るようになりますよ」
目を丸くしていると、店の男性が、「先ほども申し上げた通り、お代は一切頂きません。私は孝三様のお役に立ちたいだけなのです。どうか受け取っていただけませんか?」 と続けた。
「何やらよく分からんのですが、私のような年寄り、しかも男がそんなジャラジャラした物を着けるなんてみっともない……」
「年齢や性別は関係ありません。 ジュエリーは日常に彩りとときめきをもたらすアクセント、あるいは特別な日の為のエッセンスなのです」
あくせんと?えっせんす?
全く、今の若者は横文字ばかり使いおってからに。
「当店の商品はきっとあなたのお役に立つことでしょう」
次の瞬間、先程と同じような眩暈を覚え、私は目蓋を閉じていた。
+
しばらく経ってから恐る恐る目を開けると、私は自宅の居間に置いてあるロッキングチェアに腰掛けていた。
今のは全部夢だったのか……。
ズレた眼鏡を持ち上げる為に右手の親指と人差し指でテンプルに触れると、先程夢で見たはずの眼鏡チェーンが着いていた。
+
翌日、重い足取りでスーパーマーケットに向かっていた。
試行錯誤したが、眼鏡に着いたチェーンはどうやっても外れなかった。
仕方なくそのまま掛けて来たが、こんな物を着けている老人を、すれ違う人々が笑っているような気がして気恥ずかしい。
あの宝飾店があったはずの場所には、『テナント募集』の張り紙がしてあった。
あの店は一体何だったのか……。
スーパーマーケットに着き、食材をかごに入れていつものように無人レジに向かう。
バーコードをレジにかざしていく。
今までは間違って同じ商品のバーコードを2度読み取ってしまうこともあったが、今日は大丈夫なようだ。
全ての商品のバーコードを読み取った。
難関はここからだ。
次に押すボタンは何だったかな?
その時、目の前に赤い丸印が現れた。
【このボタンを押してください】
視界に大きな文字が浮かび上がり、赤丸は、『紙幣を投入する』と書かれた部分を囲っている。
私は躊躇いながらもそのボタンを押す。
【次にこのボタンを押してください】
赤丸は、『清算する』の部分を囲っている。
おお、何ということだ。
今日から無人レジにこんな新機能が搭載されたのか?
清算を終えてレシートを取ると、大量に積み重なったかごをキャスターに乗せて押している真理ちゃんがちょうど通り掛かった。
「あら孝三さん、こんにちは」
私に笑顔を向ける真理ちゃん。
「こんにちは。 無人レジに新しい機能が搭載されたお陰で、迷うことなく清算出来たよ。いやぁ、メカの進化は底無しだね」
「新機能って?」
真理ちゃんが不思議そうな顔をする。
「ほら、押すボタンを赤丸で囲ったり、大きい説明文が浮かんだり」
「……?そうなんですね?あら、お洒落なチェーン。似合ってますよ」
真理ちゃんは笑顔でそう言った。
「いやあ、お恥ずかしい。私のような老人でも、日常にえっせんとを取り入れようと思ってね」
「嫌だ、まだまだお若いですよ」
真理ちゃんは笑顔でペコリと頭を下げ、積み重なったかごを入り口の方へ運んでいく。
++
操作方法が目の前に浮かび上がるのは私だけだと判明したのは数日後だった。
老人会に参加した時に例の無人レジのことを話すと、皆が不思議そうな顔をした。
「あのスーパーマーケットの無人レジにそんな機能は付いていないよ?孝ちゃん、ボケちゃったのかい?」
私は周りの方がボケているのではないかと疑ったが、どうやらそうではないらしい。
実際、眼鏡を外して首からチェーンをぶら下げた状態で無人レジに向かった時には、操作方法は目の前に浮かび上がらなかった。
もしやと思い、眼鏡を掛けると操作方法が目の前に表示されるのであった。
となると、あの店で貰ったこの眼鏡チェーンが関係しているに違いない。
これは随分と便利な物を頂いてしまった。
+
老人会は、福祉センターで月に数回開催されるのだが、たまに行事で地元の小学校から児童達が訪れることがある。
老人と子供達との触れ合いを大事にしているらしいが、独楽回しやメンコや双六に興味を示す児童がおらず、進行の役員も困った顔をしている。
やれやれ。 私は外の空気を吸いに行こうと部屋を後にした。
廊下を歩いていると、先ほど部屋の中にいた男児が、こそこそとスマフォを眺めているのを発見した。
「何を見ているんだい?」
私の声にはっと顔を上げた男児は、怒られるのではないかと思ったらしく「ごめんなさい」と小さく発した。
「怒っている訳じゃないんだよ。今の子供達が何に興じているのか気になってね」
男児の表情が少し和らいだ。
「YouTubeを見てるんだよ。『ザンギリ地蔵』ってYouTuberが面白いんだ!」
男児は私に向かってスマフォの画面を見せてきた。
はて、ユウチュウバアとは一体?
画面の中で小学校高学年くらいの子供達5人が歌いながら踊っている。
なるほど、妙な歌と躍りだが、見るものを惹き付ける魅力がある。
「見せてくれてどうもありがとう。君達の世代はこういうものを見るのが好きなのかい?」
男児は「そうだよ!他にもたくさん面白いYouTuberがいるんだ!僕、1人の時はよくYouTubeを見てるんだ」と教えてくれた。
+
私は早速、次の日に携帯電話販売店を訪れた。
今までは簡単スマフォを所持していたが、この眼鏡チェーンがあれば普通のスマフォも使いこなせるはずだ。
「簡単スマホから乗り換えられるということですが、操作方法はお分かりになりますか?」
店員が心配そうに訊ねてきたが、 「ええ、大丈夫ですよ。最近、心強い味方が出来たんでね」と、私は笑った。
アイフォーンのスマフォを購入してすぐに、インターネットの検索エンジンの1つであるグーグルでユウチュウブのことを詳しく調べ、私は新たな知識を得た。
そして今の若者がほとんどテレビを見ないこと、ネットフリックスでの映画鑑賞やユウチュウブチャンネルでの番組視聴が増えてきていることを知った。
今まで児童達にテレビ番組の話を振っても反応が薄かった理由がようやく分かった。
では私達年寄りが、子供達が喜ぶような価値のある情報を提供してみるというのはどうだろうか?
余談だが、ネットサーフィンのついでに【不思議な宝飾店】と打ち込むと、あの店に関連していそうな記事がいくつか表示された。
【気付いたら目の前に長身の男性がいる】、【日本の各所に店が現れて、すぐに消えるらしい】、【代金は請求されないが、代わりに大切なものを奪われる】、【不幸になる】、【やたらと紅茶を薦めてくる】など、あまり穏やかではない字面が並んでいるだけで、結局真相には辿り付けなかった。
女房は既に亡くしているし、もう残り僅かな人生、『不幸になる』やら『大切なものを奪われる』と言われても実感が湧かない。
83年間の人生の中で、大抵の苦労は経験してきたつもりだ。
この先多少辛いことがあろうとも、きっと乗り越えられるだろう。
++
【元号三つを生き抜いて、禿げた頭をポンと叩けば文明開化の音がする。そこ退けそこ退のけワシらが通る。 人呼んで、翁5!!】
あれから私は老人会の仲間を集め、おじい系ユウチュウバアになった。
構成員は、隆文、繁夫、宗一郎、功いさお、そして私の5人。
『早朝にグランドゴルフやった後に踊ってみた』や『縁側で躍りながら囲碁打ってみた』のシリーズは人気を博はくし、全世界で再生回数20億回を超えた。 (外国人向けの翻訳もばっちり)
結成わずか2ヶ月で登録者50万人を誇っている。
私達のような老人がインターネットを介して娯楽を配信する姿は、世間の若者達に新鮮に映ったらしい。
眼鏡チェーンの脳力を借りて動画を撮ったり編集するのはとても簡単だったが、アイフォーンでは老眼で文字が見辛いのでタブレットも所有するようになった。
遥か昔に味わった、新しいことに挑戦するという高揚感は私の生き甲斐となっていた。
+
「孝ちゃん、今日は久し振りに夜から飲みに行かないかい?
行きつけのスナックの嬢に翁5のファンがいて、会いたいって言って聞かなくてね」
老人会が終わると、老人会仲間に声を掛けられた。
「私は酒もほとんどやらないから気が進まないよ」
「たまにはいいじゃないか。なっ?頼むよ!この通り!嬢と約束した手前、『無理でした』なんて俺の面目が丸潰れだよ」
+
その日の夜、私は老人会仲間とスナック『かんとりぃ磨亜夢』に来ていた。
翁5の構成員メンバーを誘ったが、夜8時には寝てしまうということなので、私だけが飲みに行くことになった。
「きゃ~!本物の孝三さんだぁ!孝ちゃんって呼んでもいいですかぁ!?」
嬢達はおしぼりを渡したり、水割りを作ったり、煙草に火を着けたりしながら聞いてきた。
「いやぁ、どうぞお好きなように……」
数年振りのスナックの雰囲気に気後れしてしまう。
「やだぁ、孝ちゃん照れちゃって!」
別の嬢がおしぼりで私の額の汗を拭う。
参ったな。
「おい!ルマンド(源氏名)!連れてきたのは俺だぞ!俺に敬意を払ってもいいんじゃないのか!?」
既に酒が回っている老人会仲間が嬢達に絡む。
「それより俺のお気に入りのチョコリエール(源氏名)はいつ席に来るんだ!?」
「ごめんなさいねぇ~。チョコちゃん、少し遅れてるみたいなのよ。あ、来た来た! ほらチョコちゃん、お客様がお待ちよ!」
露出の多いドレスに身を包み、高いヒールを履いて小走りで駆け寄ってきたチョコリエールと呼ばれた嬢の姿を見て、私は「あっ」と声を漏らした。
「真理ちゃん?どうしてここに?」
「私、幼い時に母親を亡くしてから父親と2人暮らしなんです。ここ数年、父親が体を壊して入退院を繰り返してるから私が治療費を稼がないといけなくて。夜はここで働かせてもらってるんですよ」
席に着いたチョコリエールこと真理ちゃんが事情を話してくれた。
「チョコちゃん、朝から夕方までスーパーで働いた後で疲れてるでしょうに、本当によくやってくれてるわよ」
店のママが会話に加わる。
「でもチョコちゃん、最近、悩みがあるのよね?」
「あ、……ええ。でもせっかく皆さんが楽しく飲みにいらしてるのに。別の話をしませんか?」
真理ちゃんに悩みが?
「私は構わないよ。吐き出すだけでも楽になるかもしれない。差し支えがなければ話してごらん」
私は詳細を話すように促し、老人会仲間達も首を縦に振った。
「実は……」
真理ちゃんは悩みを話し始めた。
庭付きの古い一軒家で父親と暮らしているが、自分が働きに出ている時間帯に庭に置いてある物置に何かが何度もぶつかる音を父親が聞いた。
1時間近く音が止まないので、何とか自力で立ち上がり、縁側に行って庭を覗いてみると、中学生と思われる男子2人がいたそうだ。
中学生2人は走って裏口から逃げたが、1人はサッカーボールを持っていたらしい。
しかも中学生2人は、その後も懲りずに何度も庭に忍び込んでは物置を的にしてボールを当てているとか。
「そりゃ酷い!どんな育ち方をしたら、人様の家の物置に球当てをするような常識のない人間になるんだろうか?」
「少し歩けば公園があるだろうに……」
「公園では球投げか球技自体が禁止されてるって、老人会仲間のヨネさんが言ってたぞ。小さい子供に当たったら危険だからってさ。だからって他人の庭でやることはないだろうに」
私達は次々に言葉を発する。
「私達が子供の頃は、悪さをしたら身内じゃなくても大声で怒鳴られたり、拳骨が落ちてきたりしたものさ。今は子供を叱れる大人が少なくなってきているんだろう。自分の子供であっても、他人の子供であっても」
私は真理ちゃんに向かって持論を語った。
「ええ、そうかもしれませんね。でも叱ったとしても、あの子達は分かってくれるでしょうか?」
「中学生はまだまだ子供だよ。家庭で善悪を教えてもらえなかったのなら、赤の他人の年寄りが教えてあげようじゃないか。目を見てしっかりと話せば分かってくれるはずだ。真理ちゃん、私達に協力させてもらえるかい?」
「……ええ。お願いします。でも無理はなさらないでくださいね」
+ 後日、翁5の構成員である私、隆文、繁夫、宗一郎、功は老人会を休み、真理ちゃんの屋敷の和室に通されていた。
「今日は日曜日だから、あの中学生達が現れると思うんです」
真理ちゃんもスーパーマーケットのパートを休んでいた。
私達は真理ちゃんの父親に挨拶を済ませた後に出されたほうじ茶を啜りながら、物置がある縁側の方を凝視していた。
和室の障子を少し開けているだけなので、庭からは私達の姿は見えていないはず。
中学生2人が球蹴りを始めたところをおさえたら、私達が出ていって説教をする手筈だ。
「あっ、来ました!」
小声で真理ちゃんが私達に目配せをしてきた。
私達5人は縦一列に頭を並べ、障子の隙間から片目だけで庭の様子を伺う。
中学生2人は手に持っていたサッカーボールを地面に置き、物置を的にして球蹴りを始めた。
「皆、球を当てたところを見たな?よし、行くぞ!」
私達は障子を全開にし、縁側に置いてあったサンダルを引っ掛けて庭に降り立った。
「おい、お前達!人様の庭で何をやっている!」
宗一郎が叫ぶ。
驚いた中学生2人が慌てて逃げようとするが、功が素早く1人の中学生の首根っこを掴んた直後に、見事な一本背負いを披露した。
裏門への出口を塞ぎ逃げそうとしたもう1人の中学生の行く手を隆文が阻む。
「逃げても無駄だ。私と功は柔道の有段者……昔取った杵柄さ。潔く諦めるんだな」
「さあ、目撃者は大勢いる。二度と人様の庭で球蹴りをしないことを誓え!」
繁夫が中学生2人に詰め寄る。
「……ごめんなさい。もうしません……」
視線を地面に落とし、泣きそうになりながら謝る中学生2人。
「ふん!口ほどにもない!」
功は中学生から手を離し、もう1人の中学生に近付いて脳天に拳骨を落とした。
「ありがとうございました。本当に何と感謝したらいいのか……」
中学生2人を見送った後、真理ちゃんが地面に付きそうなほど深く頭を下げた。
「困っている人がいたら助ける、当たり前のことをしたまでさ。翁5がいつでも疾風はやてのように駆け付けるから、また何かあったら呼んでくれたまえ!はっはっは!」
……と、本来ならこうなるはずだった。
踏石に脱いであった5人分の草履。
一斉に和室から飛び出し我先に履こうとした為、隆文と繁夫がぶつかって足がもつれ、重なるようにその場に倒れ込んだ。
隆文と功を跨ぎ、私と功と宗一郎は草履を履いた。
中学生は急に現れた私達の姿に一瞬固まっていたが、我に返ったのか背中を見せて裏口の方に走り出した。
「逃がすかぁっ!」
功が1人の中学生に飛び掛かる。
が、大柄の功が背後から覆い被さったにも関わらず、中学生は功をするりとかわし、足払いをして地面に叩き落とした。
「ぐわあああぁ!!!腰が!腰がああぁぁ!!!」
受け身を取れなかったらしい功が、イモムシのように地面の上でゴロゴロと身悶えている。
私と宗一郎は裏口を出て大通りに向かって走る中学生2人を追いかける。
だが一向に距離が縮まらない。
「……も、もう駄目だ。孝ちゃん……、あ、後は任せた……」
50メートルほど走ったところで斜め後ろから聞こえてきた息遣いの荒い宗一郎の声を後にする。
私と中学生2人との距離は約5メートル。
痛む膝に構うことなくラストスパートを掛ける。
毎日欠かさず1万歩も歩いてる老人の骨密度を舐めるなよ!
徐々に中学生との距離が縮まっていく。
もう少しだ!
私は走りながら右腕をぐっと前に伸ばした。
中学生のうなじの少し下にあるTシャツの襟元に、やっと指先が触れるか触れないか。
もう少し、もう少しで掴める。
そう思った瞬間だった。
襟元を掴もうと思った瞬間、とてつもない早さの物体が私の指先をかすめた。
目の前を大型トラックが横切ったのだと気が付いたのは、急ブレーキが聞こえた後だった。
やっと止まったトラックの前方に視線を向けると、さっきまで追い掛けていた男子中学生2人が転がっていた。
目の前で繰り広げられる映像を現実だとは到底受け入れることが出来ず、悪い夢の中にいるのでは、という感覚に陥る。
しばらくして聞こえてくる悲鳴、怒号、サイレンの音。
駆け付ける救急隊。
私に話を聞こうとしている警察官。
何が起こった? 私の目の前で、人が死んだ……?
++
「大変だったねぇ孝三さん。事情聴取とかも受けたんだろう?」
あれから2週間が経ち、老人会が行われている福祉センターの一室で、私は老人会仲間達に囲まれていた。
中学生2人が轢かれのは前方不注意が原因だったので、私はもちろん罪には問われなかった。
「しかしその中学生のガキ共は自業自得ですな」
もっともな意見だ。
もし捕まえていたとしても、奴らはきっと同じことを繰り返していただろう。
この先、非行に走って人様に迷惑を掛ける前に駆除出来て良かったのかもしれない。
「しかし残念だねぇ。翁5、チャンネルが利用出来なくなったんだって?楽しみにしてたのになぁ」
そう。
あの日私はスマホを構え、中学生2人が真理ちゃんの家の庭に入ってきた時からYouTubeで生配信をしていた。
中学生2人を追い掛けている時もスマホを左手に持ったままで、2人が轢かれた瞬間が運悪く映ってしまったのだ。
捕まえ、中学生2人を改心させる瞬間を撮ろうとしていたのに計画が狂った。
本心からの謝罪など、別にいらなかったのだ。
中学生2人が謝罪する画さえ撮れさえすれば、それで良かったのに。
翁5のチャンネルは停止され、ユウチュウブでの広告収入はゼロになった。
思い入れがあったチャンネルだけに、全く残念な話だ。
「親父、いるか!?」
感傷に浸っていると、突然、部屋の扉が乱暴に開かれた。
街に就職したまま、ろくに顔を合わせていない息子だった。
心配をして様子を見にきてくれたのか?
「あんた、本っ当に何やってんだよ!!」
久し振りに会う父親を前に、照れているのか素直になれないのか、声を荒げたままの息子。
「孝ちゃんとこの息子か?大きくなったなぁ。まぁ、座れ」
老人会仲間が顎で折り畳まれたパイプ椅子のある方を指し示す。
「中学生達の事故のことは知ってる。不慮の事故……、運が悪かったんだと思う。だけど何だよあんたらの態度は!?人が2人死んでるんだぞ!?何とも思わないのかよ!?それに、」
息継ぎするを間もなく息子は|捲《まく》し立てる。
「YouTubeでも『小学生に説教してみた』とか言って、怯える子供たちを囲んで無理やり説教する動画を上げて削除されてたろ!?」
何だ、その話か。
「あんたは昔からそうだ!……俺の娘ここに来た時も、わざと嫌がる事をして、泣くのを面白がって見てるだろ!嫁もあんたに体を触られたって気持ち悪がってるし、娘ももうここに来たくないって言ってるんだよ!!」
記憶は何となくあるが、どれも大した事じゃないだろうに。
「私達の若い頃はそんなの日常茶飯事だったんだ。いいじゃないか、別に減るわけでもなし。あれも駄目、これも駄目とか言ってるから、今の若者や子供は心が弱くなってるんじゃないのか?」
「……何を言っても無駄だな。帰るよ」
息子はくるりと背中を向けて部屋を後にした。
「薄情な息子だなぁ。俺らには俺らのやり方があるっていうのに」
老人会仲間がうんうんと頷きながら、閉じられたドアを睨み付ける。全く……、死んだ妻はどこで息子の育て方を間違えたんだろう。
「それより孝ちゃん、インターネットで誹謗中傷してきた奴らを名誉毀損で訴えたらどうだい?ぶんどった金で皆で朝まで飲み明かそうじゃないか!」
+
老人会を終え、徒歩で自宅へ向かう。
誹謗中傷してきた奴らを名誉毀損で訴える、つまり開示請求か。
正しい者を理由もなく攻撃すると痛い目に遭うという教訓を、世の中へ知らしめることが出来る。
ログが残っている内に弁護士に依頼しないといけないな。
自宅まで後数十メートルという所に差し掛かった人気のない路地。
背後から近付いてきたワゴン車が私の横でピタリと停車した。
ドアから出てきたのは、以前、無人レジで私を小馬鹿にしてきた夫婦だった。
男の方が、自身のスマホ画面を私に突き付けてきた。
「爺さん、これあんただな?」
スマホ画面には、夫婦の自宅のガレージに停めてあるワゴン車のタイヤにキリを突き刺す私の姿が映っていた。
「何度もイタズラさせられるから、防犯カメラを設置したんだよ!」
防犯カメラが仕掛けられていたとは迂闊だった。
あの後もスーパーマーケットで何度か見掛けたあの夫婦。
デジタルに強くなってから夫婦のワゴン車の下にGPSを取り付けて奴らの家を特定し、留守を狙って何度かタイヤをパンクさせたり、10円玉で車体に傷を付けたりした。
年長者を敬わないからそうなるんだ。
「話を付けるから取り合えず車に乗れ!」
夫婦2人だけだと思っていたら、ワゴン車からガタイのいい男が1人、声を荒げながら降りてきた。
パンチパーマに金のネックレス、セカンドバッグを持った腕には錦鯉が泳いでいる。
明らかに堅気ではない。
私は踵を返して走り出した。
「待てゴルァ!!」
怒号と共に後ろから足音が迫ってくる。
だが私は足が速いから、捕まる前に交番に駆け込めば大丈夫だ。
パンチパーマのあの男、エナメルの靴ではさぞ走りにくいだろう。
田舎の警察は古い住人にはとことん甘い。
私の知る限り、今まで何十件も、本来なら罪に問われるはずの犯罪が町ぐるみで隠蔽されてきた。
だから今回も大丈夫だ。
入り組んだ道路を右へ左へ駆け抜ける。
やがて背後から聞こえていた怒号は聞こえなくなった。
もう少しで駅前にある警察署に着く。
「往生際の悪い爺さんだな」
目の前の曲がり角からいきなり姿を表したパンチパーマの男。
踵を返すと後ろからは件の夫婦が近づいてくる。
挟まれた!
いつの間にか二手に分かれていたのか。
左右には自分の背丈ほどの高さのブロック塀。
とても乗り越えられそうにない。
ブロック塀の下の部分に、人1人が通れそうな穴が空いていた。
小柄な私なら通れるだろう。
背に腹は変えられない。
身を屈めて急いで穴をくぐると、いきなり現れた目映い光に目が眩んだ。
「初めまして、ごきげんよう。 遊羽忌夢と申します。今日は店の男性は用事があるから、私がお留守番を任されているの。お喉が乾いてらっしゃるでしょう?」
穴をくぐった先にはいつぞやの宝飾店があり、店の奥からフランス人形のような衣装に身を包んだ女性が現れ、盆を持ってこちらに近付いてきた。
助かった……。
アンティーク調の椅子に深く身体を沈めながら呼吸を整える。
「さあ、冷めない内に……、あっ」
盆の上に乗った椀と受け皿を私の横にあるミニテーブルに置こうとした瞬間、女性の手元が狂い、私の頭に紅茶が降り注いできた。
「熱っつ!!何をするんだ!!」
しかも走った後だというのに、どうして熱々の紅茶を飲まそうとしたんだ!
「ご免なさい。すぐに拭く物を……」
女が差し出した布巾を引ったくるように奪い、頭と肩を拭く。
顔面を拭いた瞬間、嗅ぎ覚えのある異臭が鼻を刺激した。
ってこれ、雑巾じゃないか!!
「あなたにはそれがお似合いよ。シルクのハンカチなんて勿体無いわ」
何だと……?
私は女を睨み付ける。
「本当に、身から出た錆って諺がぴったりね。……でもね、人は変わろうと思った瞬間から変われるの。今からでも遅くはないわ。反省なさい。そうすれば元の世界に帰してあげる。いい?チャンスは一度だけよ」
女風情が偉そうに意見しよって。
勢いに任せて力づくで押し倒し、二度と歯向かえないよう痛い目に遭わせてやりたくなる。
若い女など、少し脅して恐怖を叩き込めばすぐに泣き叫んで許しを乞うに決まっている。
「勘違いしないで頂戴。力や立場で相手を従わせられると思ったら大間違いよ」
どうして考えていることが分かったんだろう。
女は汚いものを見るような目で私を見ている。
「一度そのミジンコにも満たない小さい脳みそをクリーニングにでも出してみたらどうかしら?」
「なっ……!」
こいつ、女の癖に何て言葉遣いをするんだろう。
挑発するなら受けてたとう!
世間知らずのお嬢様に世の中の厳しさを教えてやろうじゃないか!
勢いを付けて女に襲いかかろうとした瞬間、背後から何かに身体を掴まれ、羽交い締めにされた。
「ぐっ……、何だ……?」
「あら、ちょうど呼ぼうと思っていたところよ。ご覧、これがあなたの新しい玩具、『老害』よ」
玩具……?
頭上から聞こえる荒い息遣いの方に顔を向ける。
ひいぃっ!
四肢と首と付け根に太い糸で縫い目がある化け物がいた。
「普段はハンドメイド作家をしているんだけど、いろんな人体を組み合わせて最高の作品に仕上げるのが私の表には出せない趣味なの。ただ飾ってるだけじゃ味気ないから命を吹き込んでみたんだけど、……どうかしら?」
女は人差し指を自分の頬に添えながら首を傾げた。
どうかしらもこうかしらもないだろう!
只々気味が悪いだけだ!
『やめてくれ!痛い!気持ち悪い!』
『いいじゃないの。別に減るわけでもなし(笑) チャンスは一度だけって言ったわよね? もう手遅れよ」
女が右手の指の背を口元に当て、クスクスと笑う。
「心配しなくてもその子が毎日三食食べさせてくれるし、お風呂にも入れてくれるわ。あなたを生かしておく条件は、その子の玩具として死ぬまで一緒に過ごすこと。簡単でしょ。それに、」
まだ何かあるのか……。
私は力無く女を見上げた。
「私、あなたより歳上よ♡」
女は目を細めて無邪気に笑った。
++
【ルマンド、チョコリエール、チェルシー!私達、甘党スイーツ3人娘!!!せぇ~の、人生楽しまなきゃ嘘よね!
恵子けいこ(67)、真理(59)、芳枝(63)を初めとした『スナック・かんとりぃ磨亜夢』の従業員達は、熟女系YouTuberとして活躍するようになった。
視聴者から寄せられた人生相談に的確にアドバイスするスタイルが老若男女に受けて人気が加速していき、先日、登録者が150万人に達した。
「チョコちゃんがデジタルに強いなんて知らなかったわ。でもレジ打ちもこなしてたし、元々そういうのが得意だったのかしら?」
「最近、動画編集の勉強を始めたんですよ。何事も挑戦かなって」
「偉いわぁ!任せっぱなしで悪いけど。そういえばチョコちゃん、その眼鏡チェーン、すごく似合ってるわね!」
「ありがとうございます。イメチェンしてみたんです」
まあ、嘘も方便ということで。
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あの店の男性に依頼をしたのは私だ。 あの爺さんは、毎日スーパーに来ては女性店員にセクハラをしていた。
客商売だし、田舎で昔からの常連客だから大事には出来なかった。
爺さんは自分よりいかつい相手には歯向かわないくせに、立場が弱い相手には強く出るタイプの最低な人間だった。
若い女性店員はセクハラに耐えられずに辞めてしまうし、この町全体が町ぐるみで、それを許容するという最悪な構図が成り立っていた。
私も若い頃は散々な目に遭ったから、今の若い子達に同じ思いをしてほしくない。
「あの爺さん、行方不明らしいけど一体どこに行っちゃったのかしら。そういえば、トラックに跳ねられた中学生2人の捻挫はもう治ったの?」
「はい、もう完治したみたいで。 この前に2人で家まで報告に来てくれました。律儀にお土産まで持ってきてくれて」
あの後、店の男性に頼み込み、事故で亡くなったはずの中学生2人が「軽い怪我を負っただけ」の世界線に変えてもらった。
中学生2人も反省していたし、保護者も丁寧に謝罪してくれたし、きっとまだ間に合う。
あの子達は、何が良いことで何が悪いことなのかをこの先きちんと学んでいけるはずだ。
私はというと、最近のコラボが切っ掛けで和三盆チャンネルの月餅げっぺい(53)とステディな関係になり、久し振りの恋愛を楽しんでいる。
父親の食事に毎日少量ずつ盛った毒も効いてかなり弱ってきたし、看取った後は月餅と2人で海外旅行にでも行こうかな。
コメント
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あら、沙里央さん。第12話、とても面白く読ませていただきました。 最初はただの不器用なおじいちゃんかと思いきや、翁5になってからの違和感のある描写の積み重ね方、そして後半のどんでん返し…。孝三さんの本性が明らかになるにつれ、これまでの優しい描写の数々が「そういうことだったのか」と塗り替えられていく感覚が癖になります。 真理ちゃんが眼鏡チェーンを受け取ったラストもゾクッとしました。人を選別するアイテムの使い手が変わることで、こんなにも世界の見え方が違ってくるんですね。続き、楽しみにしています🤍