テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
廉が、彼女の製作した財布を両手で包みながら、身体ごと向かい合う。
覚悟を決めたような視線に射抜かれ、彼女は背筋をピンと伸ばして、廉を見つめ返した。
「優子。君の皮革工房だが…………俺の『Creative Garden』に拠点を移さないか?」
「…………!?」
考えもしなかった彼の提案に、優子は言葉が出てこない。
「でっ……でも……」
「アパートで商品を作りながら生活をしていくのは、手狭だろ?」
「まぁ…………そうなんですけど……」
「あの建物は、元々女風だったのは、君も知っていると思うが、一階はクリエイターやアーティスト、工芸作家の作品が展示してあって、展示品の購入もできる。二階から五階までが全て個室になっていて、様々な表現者が作業場として借りている。ちょうど一ヶ所、空きがあるんだ」
優子にとって、それは願ってもいないチャンスだと思う。
けれど、アパートのある国立から渋谷の丸山町まで、電車で毎日通う事を考えると厳しい。
移動だけで、往復二時間近く掛かるのは、彼女にとって痛手であり、二時間あれば、優子の技量だったら、スマートフォンポシェットが一つ完成してしまう。
それに、丸山町で作業場を借りるとなると、家賃も相当高いのでは、と考えた。
国立のアパートの家賃と、丸山町の作業場の家賃を払うのは、いくら彼女のオンラインショップが軌道に乗ってきたとはいえ、無謀な事である。
「専務の提案、本当にありがたいお話なのですが…………私には無理だと思います……。せっかく頂いたお話なのに、申し訳ありません……」
優子は深々と廉に一礼する。
「なぜだ?」
廉が怪訝な表情を映しながら、優子を見つめている。
「なぜって…………国立から渋谷へ通う事が大変ですし、アパートの家賃と、作業場の家賃を払える収入もないですし……。国立と渋谷の往復時間で、商品がひとつ作れるので、移動時間が惜しいっていうのもあるし……」
困惑しながら優子が答えると、彼は俯き、ため息を零しながら、前髪を掴んで掻き上げた。
視線を下に落とした廉は、石畳の溝を凝視しながら、唇を微かに震わせている。
やがて、腹を据えたのか、廉が顔を上げると、彼女は温かな眼差しを向けられた。