そして大晦日、美宇の兄・陽斗(はると)が帰省した。
予想通り、陽斗は同じ会社に勤める二歳年下の恋人、橘夏美(たちばななつみ)を連れてきた。
「実は俺たち婚約したんだ」
「初めまして、橘夏美と申します」
「まあ、そうなの? なんておめでたい……さあ、どうぞ、上がってくださいな」
「いらっしゃい。お会いできるのを楽しみにしてましたよ」
「お兄ちゃん、やるぅ~」
それから実家は一気に賑やかになった。
夏美が泊まっていくことになり、客間の準備や年越しパーティーの準備、さらにはお節の支度で、美宇は母と忙しく動き回った。
ちょうどよい機会だからと、美宇は母親からお節の作り方を教わる。
途中から夏美も加わり、三人で楽しく新年の準備を進めた。
夏美は気取らずざっくばらんで、とても素敵な女性だった。
『こんなお姉さんがいたらいいな』という理想通りの人だったので、美宇は喜び、すぐに夏美と打ち解けた。
お節の準備をしながら、夏美が美宇に尋ねた。
「今は知床にいるんですって?」
「はい。北の果てです」
「寒くない?」
「寒いですよ~。息を吸い込むと肺が凍りそうなくらい!」
「わぁ、まるで北極みたい!」
二人は声を上げて笑った。
そして新年を迎えた。
時計が0時を回ると、皆で乾杯し、作り立てのお節をつまみに酒を酌み交わした。
美宇も団らんの中にいたが、テーブルの上の携帯が光ったのですぐに確認した。
そこには、朔也からのメッセージが届いていた。
【明けましておめでとう! 賑やかなお正月を迎えているかな? 去年はいっぱいお世話になっちゃったけど、今年もよろしくね。朔也】
年明けの瞬間に届いたメッセージに、美宇は嬉しくなりすぐに返事を打った。
【明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。こちらは兄が突然婚約者を連れて帰ったので、大騒ぎになってます】
そう送ると、すぐに返事が届いた。
【それはめでたいね。ご家族との時間、ゆっくり楽しんで!】
そのメッセージを見て、美宇の胸が切なさでいっぱいになる。
(青野さんは今、一人工房で作陶しているのかな……)
そのとき、美宇は咄嗟にこんな言葉を口にしていた。
「私、今日、北海道に帰るわ」
「「「「えっ?」」」」
突然の美宇の言葉に、四人は驚いて振り返った。
「なんだ美宇、4日までいるんじゃなかったのか?」
「うん……でも、ちょっと事情があって、早く帰ることにしたの」
「そんな急に? 飛行機は取れるのか?」
「あっ、そっか」
美宇は慌てて予約サイトを開いた。
すると、女満別空港行きの席はいくつも空いていた。
「元旦だから、逆に空いてるみたい」
「そうか、残念だな……でも、仕事なら仕方ないな」
「お父さん! お兄ちゃんと夏美さんがいてくれるから、寂しくないでしょう?」
「俺たちは二日までいる予定だから」
「だったら、みんなで初詣にでも行ってくれば? ね、お母さん!」
「それはそうだけど……」
母親は何か言いたげだったが、それ以上は何も言わなかった。
そして席を立ち、美宇を呼んで一緒にキッチンへ向かった。
「何? お母さん」
「お節、多めに作ったから、持って行ってあげなさい」
「え?」
「青野さんに。お正月はお一人なんでしょう?」
その言葉に、美宇は驚いた。
母はすべてお見通しのようだ。
「お母さん、どうして分かったの?」
「何十年もあなたの親をやってるんですもの、すぐに分かるわ」
「お母さん……」
母はお節をジッパー付きの袋に移し替えながら、ふふっと笑った。
「美宇も、もうそんな年頃になったのねぇ……」
「やめてよ、お母さん。私だってもう大人なんだから。それに、青野さんと付き合ってるわけじゃないから……片想いなの」
「片想い?」
「そう。勝手に慕ってるだけだから……」
「あら、そうなの」
「うん。それに、青野さんはスタッフに手を出すような人じゃないわ。本当に真面目で、尊敬できる人なんだから!」
ムキになる娘の言葉が可笑しかったのか、母は思わずクスッと笑った。
そして穏やかに言った。
「突然北海道に行くって聞いたときは何かあったんだろうと思ったけど、母さん、あえて聞かなかったの。でも、久しぶりに美宇に会って、生き生きと元気そうで……それだけで満足よ。母さんはね、美宇が好きなことをして元気でいてくればそれでいいんだから」
「お母さん……」
「ほら、そっちのかまぼこも詰めなさい。先によけておかないと、お父さんに全部食べられちゃうんだから」
「ふふっ、分かった……」
美宇の瞳は潤んでいたが、母の明るい声ですぐに笑顔になる。
そこへ、夏美が顔をのぞかせた。
「美宇ちゃんの想い人って、どんな人なんですかー?」
「あーっ、夏美さん、立ち聞きしてたでしょ!」
「だって、聞こえちゃったんだもん。ねえねえ、どんな人なの?」
新年を迎えたばかりの真夜中のキッチンには、三人の女性の笑い声がいつまでも響いていた。
コメント
22件

今日帰りますって朔也さんに連絡するのかな? それとも連絡せずに工房まで行くのかな? 明日の進展が楽しみです!
やはり早く逢いたくなったのね。お母さんも夏美さんも美宇さんの恋応援してくれて嬉しいね☺️
新年すぐのメッセージって嬉しいね💕朔也さんは一人で年越しだったのね。。 美宇ちゃん!北海道に帰るんだね(〃'艸'〃)キャー💕💕 絶対朔也さん喜ぶよ💛🧡 2人で改めてお正月を楽しんでね。進展ありそうでわくわくドキドキ💗💗