テラーノベル
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軍議の天幕には重い空気が漂っていた。
誰も口を開かない。
机の上には広げられた地図。
その周囲を囲む将軍たちの顔には、焦りと不満が浮かんでいる。
ブルートゥースは黙ってそれを見ていた。
かつては元老院で名を馳せた男。
理想を語らせれば誰にも負けなかった。
だが――ここは議場ではない。
戦場だった。
「いつまで待つのです」
ついに一人の将軍が口を開いた。
「兵たちが不安がっています」
別の将軍も続く。
「カシス将軍を失ってから士気は下がる一方です」
「補給も減っています」
「敵は日に日に勢力を増している」
声は次第に強くなった。
誰もが答えを求めている。
だがブルートゥースは沈黙したままだった。
本来ならカシスがいた。
軍事は彼が担当し、自分は大義を示す。
それでよかった。
だが今は違う。
すべての決断が自分にのしかかっていた。
「では諸君は戦えと言うのか」
静かな声だった。
「無論です」
即座に返答が飛ぶ。
「兵は戦うために集まったのです」
「いつまでも塹壕を掘っていては離反者が出ます」
「決戦を」
「決戦を」
同意の声が広がる。
ブルートゥースは目を閉じた。
遠くで風が鳴っている。
ジュリアスの顔が脳裏をよぎった。
あの日。
短剣を握った自分。
自由のためだと信じていた。
この国の在り方を守るためだと。
だが今。
守ろうとした国の兵たちが、自分に戦いを迫っている。
「……わかった」
ゆっくりと立ち上がる。
将軍たちの視線が集まった。
「決戦を行う」
天幕の空気が一変した。
歓声にも似たどよめきが広がる。
だがブルートゥースの表情は晴れない。
彼だけが理解していた。
これは希望ではない。
追い詰められた末の決断だということを。
――――
その頃。
アントン軍の本陣。
「スピリタス」
アントンは酒杯を置いた。
「敵の補給部隊を叩いてくれないか」
軍議の席が静まり返る。
スピリタスは眉一つ動かさない。
「理由をお聞きしても」
「敵を決戦に引きずり出すきっかけだ」
アントンは笑った。
「ブルートゥースはもう終わりだ」
「追い詰められた獣は飛びかかってくる」
「なら叩き潰すだけだ」
「油断ではありませんか」
「違うな」
アントンは立ち上がった。
机の上の地図を拳で叩く。
「勝機だ」
その声には確信があった。
「カシスは死んだ」
「補給も苦しい」
「兵は不満を抱えている」
「奴らは戦うしかない」
将軍たちが頷く。
誰の目にも見えていた。
勝敗の天秤はすでに傾いている。
「スピリタス」
アントンは振り返った。
「後は任せろ」
「明日には終わる」
沈黙。
やがてスピリタスは一礼した。
「承知しました」
アントンは満足そうに笑う。
そして居並ぶ将軍たちを見渡した。
「諸君」
剣を抜く。
刃が灯火を反射した。
「戦争を終わらせるぞ」
歓声が上がる。
兵たちの叫びは夜空を震わせた。
そして翌朝――
グラン王国の命運を決める最後の戦いが始まろうとしていた。
翌朝。
両軍の軍旗が朝日に揺れていた。
平原を埋め尽くす兵士たち。
槍が林のように並び、
盾が壁のように連なる。
やがて――
ラッパが鳴った。
「前進!」
両軍の歩兵隊が一斉に動き出す。
大地が震えた。
数万の足音が平原を揺らし、
鬨の声が空を裂く。
そして。
激突。
轟音と共に盾と盾がぶつかり合った。
槍がしなり、
木片が飛び散る。
兵士たちは互いの盾を押し、
歯を食いしばりながら一歩を奪い合う。
まるで巨大な獣同士が角を突き合わせているようだった。
本陣からその様子を見つめながら、
アントンは静かに腕を組んだ。
副官が尋ねる。
「よろしいのですか」
「何がだ」
「敵は疲弊しております」
「迂回や包囲を用いても――」
アントンは首を振った。
「それでは足りん」
その目は戦場を見据えている。
「ブルートゥースは英雄だ」
「多くの者が奴を支持している」
「ならば正面から打ち破る」
副官は息を呑んだ。
アントンは続ける。
「誰の目にも分かる形でな」
風が軍旗を揺らした。
「この戦争はただ勝てばいいわけではない」
「勝った者がグランを導く」
「ならば――」
彼は剣の柄に手を置いた。
「正々堂々、打ち破ってみせよう」
その瞬間。
前線から歓声が上がった。
アントン軍の歩兵が敵陣を押し始めていた。
ブルートゥースは前線を見つめていた。
兵たちは叫んでいる。
神々の名を。
祖先の名を。
守護者たちの名を。
槍を掲げ、
盾を打ち鳴らし、
死を恐れぬように突撃していく。
その姿に、
ブルートゥースは奇妙な感情を覚えた。
畏敬。
それに近いものだった。
「……強いな」
思わず漏れる。
我々は神に見放された。
そう思っていた。
カシスは死んだ。
軍は崩れつつある。
勝利も遠い。
だが、それでも兵たちは戦う。
神を信じて。
神の加護を信じて。
ブルートゥースは空を見上げた。
青空だった。
どこにも神など見えない。
それでも人は神を求める。
「ジュリアス……」
「なぜお前は人が神を超える夢など見た」
戦場では兵たちが神々の名を叫んでいる。
倒れても。
傷ついても。
なお前へ進む。
ブルートゥースは目を閉じた。
人は神を超えられない。
少なくとも――
今の私にはそう見えた。
「諸君! 勝利は目前だ!」
アントンは剣を高く掲げた。
歓声が上がる。
前線ではすでに敵の陣形が揺らぎ始めていた。
兵たちは勝利の匂いを嗅ぎ取っている。
「いざ、我と共に前線へ!」
アントンは馬腹を蹴った。
将軍たちが続く。
温存していた予備兵力も一斉に投入された。
太鼓が鳴る。
軍旗が翻る。
数万の兵が雪崩を打って前進した。
その勢いはもはや止められない。
まるで巨大な龍が牙を剥き、
敵を呑み込もうとしているかのようだった。
本陣からそれを見つめるブルートゥースは、
ゆっくりと拳を握り締めた。
兵はいる。
勇気ある将兵もいる。
だが――
それだけでは足りない。
十万を超える軍勢は、
もはや一人の英雄が率いる集団ではなかった。
補給。
伝令。
予備兵力。
士気。
無数の要素が絡み合う巨大な生き物。
ジュリアスはそれを操った。
アントンもまた操っている。
しかし。
ブルートゥースにはできなかった。
元老院で喝采を浴びた弁舌も、
人々を動かした理想も、
戦場では軍を動かしてくれない。
目の前で、
巨大な龍が口を開く。
そしてその牙は、
ゆっくりとブルートゥース軍へ迫っていた。
コメント
1件
眠狂四郎さん、第13話、読み終えました。 ブルートゥースの内面の揺れがとても丁寧で、胸に迫るものがありました。議場で名を馳せた男が、戦場では決断を迫られ、追い詰められていく…理想と現実のはざまで彼が見上げた青空が、あまりに虚ろで切なかったです。アントンの「正々堂々」という言葉にも彼なりの矜持を感じて、両者の対比が美しかった。次の展開が気になります。
#古代
眠狂四郎
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#ドラマ
眠狂四郎
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眠狂四郎
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眠狂四郎
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