テラーノベル
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ほんの好奇心の延長線だった。
最初は、あんな薄気味悪い場所に行く気なんてなかった。
だが、ゆらゆらと揺れる提灯の灯りはまるで私を理想郷へ誘うように見えた。
その灯火の揺らぎに共鳴するように、一歩一歩先へ進んでいく。
もう後戻りが出来ないほどに歩みを進めた頃、村での言い伝えを思い出した。
森の中には、ヒトを惑わしその魂を喰らう鬼女がいると。
思い出した頃にはもう遅かった。
視線をゆっくり上に移動させると、そこには見目麗しい少女がいた。
少女、なのだろうか。
年齢を感じさせぬ美しさに、思わず息を呑む。
私は、その時初めてこの美しさを言い表せる言葉が無いことを愁いた。
彼女は私に気付いたようで、ゆっくりと視線をこちらへ向ける。
彼女はしばらく私を見た後、小さくため息を溢す。
そのため息が何を意味するのか、まだ私には分からなかった
彼女は私を見つめながら、低い声で囁いた。
「この森は危険だから、早く帰った方がいい。」
「あ…」
私は彼女の美しさに気を取られ、まともな返事を返せなかった。
ほおづきみたいに紅い瞳が、私のことを見つめている。
だがその瞳の奥は、どこか遠くを見ているようだった。
この瞳に、何故か私は懐かしさを覚えた。
「おい…耳が聞こえないのかい」
「え、あ…す、すいません」
私はやっと彼女と言葉を交わした。
恐らく…いや、自信を持って言える。
ヒトを惑わし魂を喰らう鬼女とは、きっとこの女の事だろう。
現に私は、彼女の美しさに惑わされていた。
空は黒い絵の具を溶かしたように、濃く深く闇に包まれていった。
彼女は空を見上げてから、もう一度私の方に視線を落とす。
「今日はもう遅い、うちに泊まっていきなさい。」
私は少し不安になり彼女の顔を見たが、その表情からは何も感じられなかった。
少し悩んでから、私は小さく頷いた。
それを見ると、彼女は私の手を引き、自分の住処へ歩き出した。
「お前、名前は?」
「名前ですか、私は…」
彼女の家で振る舞われた茶を飲んでいると、質問を投げかけられた。
答えかけると、彼女がそれを制する。
「待て、当ててやろう…」
彼女が古い記憶を辿るように、頭を指でこつこつと叩く。
それから少し経つと、彼女が思い出したように話し出す。
「まりさ、まりさだろう。魔性の魔に梨(なし)の梨(り)、沙羅双樹の沙だ。」
私は一瞬はいそうですと言いかけたが、ひとつの間違いに気がついた。
「一文字違います、魔性の魔に理解の理、沙羅双樹の沙です。」
続けて、読みは合っている事を彼女に伝えた。
彼女は少し驚いた顔をして、またさっきまでの仏頂面に戻る。
多分、彼女の驚いた顔を見れるのは、これが最初で最後だろうと予感した。
「教えてくれてありがとう、私も名乗らせてもらうよ。
幽霊の霊に悪夢の夢で、霊夢と言う。」
「なんだか、怖い言葉ばかりですね。」
私は思ったことをそのまま口に出した。
彼女は言葉の意味を汲み取れなかったのか、不思議そうな顔をした。
「なぜそう思ったんだい?」
「幽霊も悪夢も、怖いものですよね。名前の読みを伝える時、これからは
精霊の霊に夢想の夢、にしてみたらどうですか?」
自分でもかなり馬鹿馬鹿しい事を言っているな、と思いながら 話を終える。
こんな痛い詩のようなことを言うのは初めてだ。
彼女の表情を伺ってみると、 私の予想とは裏腹に霊夢は興味深そうに聞いていた。
「確かに、怖い言葉ばかり寄せ集めるのは縁起が悪いかもね。
精霊の霊に夢想の夢、か。これから使ってみるよ。」
彼女は、さっきまでの仏頂面には似合わぬ
幼い笑みを浮かべて呟いた。
その笑顔を見つめながら不思議な気分になっていると、彼女は私の背中を叩く。
「さあ、子供は寝た寝た。あんまり夜更かししてると、ずっとちびのままだよ。」
「それって、私がちびって言いたいんですか?」
「もちろんさ。」
くだらない冗談を交わした後、私は寝室へ向かう。
そういえば、霊夢に寝室の場所を聞くのを忘れていた。
聞きに戻ろうとすると、ちょうど私が向かってた先に寝室があった。
こういう事もあるもんだな、と眠気で回らなくなってきた頭で思う。
霊夢とは、初対面とは思えないほどに話がよく合った。
この時の私は、その事にあまり疑問を抱かなかった。
ちちちち、ちゅんちゅん。
小鳥たちの鳴き声で私は目を覚ます。
頼むからもう少し寝かせてくれ、と思い、私はもう一度目を閉じる。
だが遠慮を知らぬ小鳥たちは、私の想い虚しく鳴き続ける。
仕方なく私は重い身体を起こし、居間へと向かう。
朝食を作っているのだろうか、とてもいい匂いがする。
その匂いにつられるように、居間にたどり着く。
霊夢はどうやら早起きらしい。
いや、忘れていたが…鬼だから睡眠が必要ないのだろうか。
「ああ、お早うさん。」
彼女は朝食を作りながら、軽くそう言った。視線がこちらに向くことはない。
そういえば昨日の夜から用を足していない…
そんな重大なことを思い出し、私は厠を探そうとする。
「厠ならそっちだよ」
霊夢は調理をしながらさっと指を指した。やはり視線がこちらに向く事はない。
霊夢は後ろに目があるのだろうか。
はたまた心でも読めるのだろうか、神通力?など考えながら急いで厠へ向かう。
ここの厠を使うのは初めてだが、なにか見覚えがあるように感じた。
またこの感覚だ。ここに来てから何度も感じる。
彼女を初めて見た時も感じた感覚の正体も気になる。
ああ、やっと会えたと感じたのだ。
ずっと探していたものを見つけたような感覚。
私はそんな事をぐるぐる考えながら厠に籠っていた。
自分でも気付かなかったが、厠に籠ってからかなり時間が経ったらしい。
心配して霊夢が様子を見にきた。
「どうした?糞のキレでも悪いのかい?」
「そんなこと…快便ですけど。」
「そうかい。ならいいけど。あんましどさどさ出して詰まらせないでね。」
「は、はい…」
…この会話も、ずっと前に交わした気がする。
あまりに強烈だからか、この記憶は鮮明に思い出せた。
私はどうやら、ここに来るのが初めてではないらしい。
何回も、何回も来たことがある。
私はさっさと用を足し、霊夢がいる居間へと戻った。
そして彼女の前に座布団を持ってきて、いそいそと座る。
出来る限り真面目でかしこまった雰囲気で、話を切り出す。
「あの…霊夢さん。」
「なんだい」
「私って、前にもここに来たことがありませんか?」
彼女は、意外にも驚くことはなく
さも当然かのように箸を動かしながら語る。
まるで、前にも同じことが何回もあったかのような落ち着きようだ。
「ああ…来たことあるよ。しかし、思い出すのが早かったね。」
「詳しく聞かせてもらえませんか」
「いいよ、長くなるけど。」
彼女は大きく息を吸ってから、ある少女の話を始める。
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昔々、この妖(あやかし)の森に不幸にも迷い込んだ少女がいた。
名前は魔梨沙。
この時代には珍しい、赤毛がよく目立つ活発な少女だった。
その赤毛を、片方だけおさげにして垂らしている。
鼻先はいつも少し赤みがかっていて、大きい口には笑顔がよく似合った。
その少女は、元々はいいとこの嬢さんだったらしい。
だが、冒険が大好きな魔梨沙は“1人で世界中を旅して回る”とかなんとか
このご時世では叶いそうもない夢を追いかけて家を飛び出した。
飛び出したはいいが、道も分からない。地図も読めない。
そこら辺を右往左往しているうちに妖の森に迷い込んだ。
乳飲み子のように泣き喚く少女を放っておけず、私は家に泊める事にした。
この妖の森には、私以外にも百もの妖が住んでいる。
あそこで放っておいたら、可哀想なことに少女の享年は一桁だっただろう。
魔梨沙はとても人懐っこく、山菜を取りに行く私によく着いてきては
いたずら好きな妖に驚かされ、森に迷い込んだ時のように泣き喚いた。
よく笑い、よく泣き、よく働き、よく寝る。
人間に会ったのはこれが初めてだったが、この子程いい人間はいないだろうと感じた。
私はすぐに魔梨沙の虜になった。
魔性、とでも言うのだろうか。
魔梨沙には人も妖も虜にする魅力があった。
きっと、魔梨沙の魔は魔性の魔だろう。そう考え、1人で納得する。
そのうち、魔梨沙と暮らし始めて一年が経った。
一緒に年を越し、そして何ヶ月か経つと一緒に魔梨沙の誕生日を祝った。
そうやって、何年も何年も一緒に過ごした。
いつしか魔梨沙の背丈は私を追い越し、肉体年齢も魔梨沙の方が上になった。
そうしてさらに年月が経つと、魔梨沙の身体はなかなか自由に動かなくなったそうだ。
そしてさらに何年か経った。魔梨沙の顔にはしわが多くなった。
ほとんど寝たきりだし、あんなにコロコロ変わっていた表情も
歳のせいか、今ではとても落ち着いたものになっていた。
私は魔梨沙の死期を悟った。
同じように魔梨沙も自分の死期を悟っていたのだろう。
魔梨沙は大きく息を吸うと、私に話した。
「霊夢さん…もうそろそろお迎えが来そうですよ。」
「ああ…安心しな、私が追い払ってあげる」
「それは無理ですよ…人は運命の奴隷です。」
苦しそうにもう一度大きく息を吸うと、またゆっくり話し出す。
「そうですね、何から話せばいいのやら。あんまり長ったらしくはしたくありませんし。」
「そうだね、あまり長いと私も覚えていられないから」
「ふふ…霊夢さん、私は何度でも貴女と歳を重ねてゆきたい。」
「…遺言はそれだけ?」
「霊夢さんは鈍感だから、きっとややこしく言っても分からないでしょう。」
魔梨沙は、それ以降何も話さなくなった。
当然だ。彼女はもう、息を引き取っているのだから。
だが、魔梨沙の遺言は現実のものとなった。
何度でも貴女と歳を重ねてゆきたい、その言葉の通り
私の元には魔梨沙にそっくりの少女たちがやってくる。
魔利沙、魔李沙、魔莉沙、魔裏沙。
何度でもやってくる魔梨沙にそっくりの少女達。
私は、その全ての少女たちの最期を看取ってきた。
人間たちは、その少女達を攫ったのは私だと思ったらしい。
人を惑わし、その魂を喰らう。なんて馬鹿馬鹿しいのだろう。
私は確かに鬼だが、故意に人を惑わしたことは一度もない。
魂を喰らったこともない。
更に言うのなら、惑わされていたのは私なのだろう。
魔梨沙の魅力は計り知れないもので、彼女に魅了されない生物など、この世にいないはずだ。
何人もの魔梨沙にそっくりな少女たちも、みなそれぞれ違った魅力を持っており
私はその全てに魅了されてきた。
魔梨沙の魔は魔性の魔。
少女達は、名前に必ず魔の文字が入る。
あながち私の妄想は当たっていたのかもしれない。
少女たちが私の前に現れるのをやめた時、その少女の名前には魔の字が入っていないだろう。
魔梨沙は、自分の魔という字に想いを乗せたのではないだろうか。
そうして何年か経ち、私が人間に鬼女と呼ばれ始めた頃、6人目の魔梨沙が森に迷い込んだ。
ああ、それがお前なんだよ、魔理沙。
私はもうすでにお前の虜になってしまっている。
お前が発する言葉の全てが愛おしくて、できる事なら永遠に一緒にいたい。
けど、お前は人間だ。だからまた、私を置いていってしまうんだろ。
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ひと通り話終えたのか、霊夢は一息ついた。
お茶に手を伸ばし一口飲むと、彼女はまた話し始めた。
「思ったより長くなかったね。私には、とても長い年月に感じられた。
まあ、実際長いんだけどね。」
年号跨いでるし、と冗談らしく呟いてから
また真面目な顔に戻り話を続ける。
「魔理沙…いいかい?よく聞いてね。お前は家に帰らなくちゃいけない。
これまでの魔梨沙達は、親に捨てられたり家出したり身寄りがなかったりしたんだ。
けど、お前は違うだろ?ただ、本当に迷い込んだだけだ。」
「い、いえ…私の家は貧乏で…」
「私に嘘吐こうったって、そうはいかないよ。」
どうやら彼女は、嘘を見抜く事に長けているらしい。
これじゃあ、心を読まれてるのと一緒じゃないか…と俯いて縮こまる。
「私はね、お前には幸せになってほしいんだ。妖と一緒に暮らすより
父さん母さんと一緒に暮らす方がいいだろ?子に必要なのは親なんだよ。」
「で、でも」
「お前は父さん母さんが嫌いなのかい?」
「…」
お父さんもお母さんも、私には勿体無いと思うくらい優しかった。
嫌いなわけがない。できる事なら、霊夢とお父さんとお母さんの3人で暮らしたい程だった。
けど、それを霊夢が許すはずがない。
私がここにいられるのも、魔梨沙にそっくりだから…
それだけの理由だったからだ。
「決まりだ、明るいうちにここを出ようか。
森の出口まで、私が案内してやろう。 」
霊夢が立ち上がる。嫌だ。
私は…ずっとここにいたい。
「い、嫌だ!!!!」
霊夢の高そうな着物の裾を掴む。
彼女は、怒ることもなくこちらを見つめている。
その目は、やはり遠くを見つめていた。
「私も…嫌だ。お前と一緒にいられないなんて。」
その時、私は思った。
ああ、彼女が…霊夢が見ているのは、私じゃなくて魔梨沙なんだ。
霊夢の1番は、きっと魔梨沙なんだろう。
いいな、魔梨沙は。
霊夢にここまで愛してもらえて、幸せだろう。
私は、もう抵抗する事をやめた。
握りしめていた着物の裾から手を離し、代わりに霊夢の手を握りしめる。
「…私、帰ります。」
「そう…それでいいんだ。」
霊夢の声が少し揺らいでいるのが分かった。
それと同じく、きっと目も揺らいでいたのだろう。
だが私は彼女に視線を向けることはなく、ただ地面を見つめる。
彼女の手はしなやかだったが少し骨ばっていて、美しさや
女性らしさだけではなく、頼もしさも感じられた。
この体温を忘れないように、しっかり握りしめる。
妖の森を出るまでの道は、長いように見えて短かった。
いや、とても長かったのだが…
霊夢と一緒にいると、時間が一瞬で過ぎていってしまう。
この道のりの中、何回時よ止まれと念じたことか。
残念なことに、時の針は休む事なく動き続けている。
握り締めていた彼女の手を離し、一歩前に出る。
少し村の方を見てから、やっと霊夢の視線を向ける。
「さよなら、ありがとう、霊夢さん。」
「…ああ、さようなら。」
私は去っていく霊夢の背中をいつまでも見つめていた。
その背中が見えなくなったころ、私はやっと家に帰ったのだ。
両親は私の事を心配していた。
何度大丈夫だと伝えても、聞く耳を持たない。
「きっと鬼女に惑わされたんだ」と、勝手に2人で慌てている。
私は2人を宥め、本当に大丈夫だから、と念を押した。
一旦はそれで納得してくれたようだった。
私はやっと一息つき、戸棚の奥から
何も描かれていない綺麗な紙を引っ張り出した。
紙は貴重だから、手に入れたらこうやって保管しておいている。
私はその紙に霊夢の姿を描いた。
だが何回描いてみても彼女の魅力を上手く描くことが出来ず、結局諦めてしまった。
言葉に表せぬ美しさを、絵に描けるはずがなかった。
そして行燈の灯りを消し、私は布団に潜り込んだ。
頭の中では、ずっと霊夢と魔梨沙の事を考えている。
そうしている内に、私はとても深い眠りについた。
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「霊夢さん!今日は山菜がたくさん採れましたね!」
「ああ、今日の晩飯は豪華になると思うよ。今のうちに腹空かせときな。」
「分かりました!」
これは…私の記憶じゃない。
魔梨沙の記憶だろうか。
霊夢の表情はいつもの仏頂面ではなく、とても柔らかいものだった。
その表情を見た瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。
私には向けない、魔梨沙にだけ向ける表情。
やっぱり…霊夢の1番は魔梨沙なんだ。
私の1番は…霊夢なのに。
「…う、うーん…」
目が覚めた。さっきまでのは夢なんだろうか。
魔梨沙の記憶だったのだろうか。分からない。
そもそも、なぜ私には魔梨沙の記憶が?
私たちは、ただ似ているだけなんじゃないのか?
いや、私たちは…魔梨沙が遺した想い…なのか?
じゃあ、私は何のために生まれてきたのだろう。霊夢と歳を重ねるため?
違う…それじゃあ、他の魔梨沙のそっくりさんがやってた事と同じだ。
魔梨沙には、口には出していない別の願いがあるんじゃないのか?
それを知って、叶えてもらうために
自分の記憶を私たちに見せているのだとしたら?
空想の域は出ないが…辻褄自体は合っている。
なら、叶えてあげないと!それが私の使命なんだ!
小さな拳を天に突き上げる。
ごっこ遊びと言われたらそれまでだが…私はやる。
「魔理沙ー、ご飯よー…って、あんた何してんの?」
「はっ!?」
穴があったら入りたい。
そして上から蓋をしてほしい気分だった。
それから私は何度も魔梨沙の記憶を見た。そして彼女のことを知ろうとした。
だが、どうしても願いがなんなのかが分からない。
分かった事といえば、魔梨沙は三色団子が大好物だとか
風呂に入る時最初に洗う場所はふくらはぎだとか、魔梨沙は毎朝快便だとか、
そんなくだらない事ばかりである。
私は諦めずに何度も何度も魔梨沙の記憶を見る。
そのうち私は14歳になった。
あれから4年…早いものだ。
私は昔描いた霊夢の肖像画を見る。
肖像画…とはお世辞にも言えない出来だが、今じゃ霊夢の顔を思い出す手段は
魔梨沙の記憶を見ることと、この肖像画を見ることだけである。
私は頬杖をつきながら、ふと花瓶に目をやった。
青い大飛燕草が生けられている。
その瞬間、私は魔梨沙の記憶を見た。
霊夢に青い 大飛燕草を手渡す魔梨沙。
それを受け取り、不思議そうに首を傾げる霊夢。
ああ、こんなに重要そうな記憶なのに…声が聞こえない。
そうやってもどかしい気持ちでいると、記憶は見えなくなってしまった。
「はー、やっぱり駄目か。」
机に突っ伏して先程の記憶を思い出す。
「あっ、まさか!?」
私はある本を思い出し、それを本棚から取り出しパラパラとめくる。
「やっぱり…!あった!」
予想通りの成果が得られ、私は今にも飛び跳ねたい気分だった。
すんでのところで下の階にいる母のことを思い出し、腕を伸ばすだけに留めた。
私は、魔梨沙の本当の願いが分かった。
あとは、それを叶えるだけだ。
私はそのための準備を整えようと、財布を持って駆け出す。
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あれから何年経っただろう。
魔理沙が村に帰ってから、私はぼうっとすることが多くなった。
思い出すのは、お前の愛らしい笑顔。
ああ、これはお前の笑顔じゃないね…
魔梨沙の笑顔だ。
コンコンコン。
そんな事を考えていると、扉を叩く音で現実に戻される。
私に、来客?不審に思いながら扉をゆっくり開ける。
「久方ぶりですね、霊夢さん」
「ま、魔理沙…?」
扉の前にいた魔理沙は、見違えるように美しくなっていた。
元から美しかったが、さらに磨きがかかったように思える。
いかにも高そうな着物を見に纏い、手には花束が握られていた。
「これ、見覚えがありませんか?」
「これは…大飛燕草か 」
私は昔の記憶を振り返った。
そしてこれは。魔梨沙が私に贈った花と同じだということを知る。
私はその花をまじまじと見つめながら、目の前の少女に問いかける。
「これを、私に?」
「はい、そうです。」
少女はいたずらっぽく微笑み、こう続ける。
「青い大飛燕草の花言葉…知ってますか?」
「いや」
「あなたを幸せにします」
少女は、私をまっすぐ見つめてくる。
そうか、これが魔梨沙の願いだったんだね。
私は少し目を閉じて、気持ちを整理する。
「お前程度に、私を幸せに出来るのかい?」
「一生かかってでも、幸せにしてみせます」
霊夢さん、私二十歳になったんですよ、と微笑みながら続けた。
もう、この子は少女ではなかった。
立派な大人だ。
きっと、私と一緒に暮らすために二十歳を待ったのだろう。
独り立ちしてしまえば、親に心配をかけることもないから。
私は、魔理沙の手を握って部屋へと入れる。
魔理沙は無邪気な笑みを浮かべ、私の手を握り返す。
その笑顔は、どこか魔梨沙に似たところを感じた。
それから、私達は一緒に暮らした。
毎日一緒に過ごして、魔理沙は私を幸せにするために尽力した。
いつか私達は小さな祝言を挙げた。
正式な婚姻ではないが、事実婚というやつだ。
私も魔理沙も、人生で1番幸せだった時を聞かれればここだと答えるだろう。
毎日一緒に山菜を採りに行き、毎日一緒に台所に立った。
毎日一緒に食卓を囲み、毎日一緒の布団で眠った。
だが、残酷なことに時は絶え間なく流れ続ける。
魔理沙は100まで生きた。
私を幸せにしたい一心で、ここまで生きたのだ。
寿命で息を引き取る直前、彼女は私にこう問うた。
「幸せでしたか」
と。
幸せじゃなかったはずがないだろう。
私はそう答え、彼女の布団に突っ伏しわんわん泣いた。
彼女は最後に
「あなたの1番になれてよかった」
と話し亡くなった。最後の最後まで、ずるい奴だった。
それから、魔梨沙にそっくりな少女は現れなくなった。
きっと、魔梨沙は悔いていたんだろう。
霊夢さんはきっと幸せではなかった、と。
けど、多分お前は勘違いをしている。
私は色んな魔梨沙と時間を過ごしてきた。
そして、その全ての時間が、私にとってとても幸せな時間だった。
馬鹿な勘違いで悔いを残した、馬鹿な少女。
私の1番はお前じゃなくなってしまったけど、きっと永遠に忘れる事はない。
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「お姉さん、ここでお話しは終わりなの?」
「ああ、終わりだよ。」
私はノートをぱたんと閉じる。
辺りを見渡すと、日が沈みかけているところだった。
さっきまでブランコや滑り台で遊んでいた子供たちは、もういない。
「これって、本当にあった話?」
1人の子供は、私の話がよほど気に入ったようで
食いついて離れない。
「本当にあったかもしれないし、なかったかもしれない。」
「えー、変なの。 」
少女はやっと立ち上がり、女の子には珍しい黒いランドセルを背負う。
「お姉さん、またお話し聞かせてくれる?」
「もちろんさ 」
少女は公園の出口に走っていくと、私の方を振り返りいたずらっぽく笑う。
「私の名前、舞理沙っていうの!お姉さんは?」
私はその名前に一瞬戸惑いながらも、名前を答える。
「霊夢だ。精霊の霊に、夢想の夢で霊夢。」
「あはっ!私たち、さっきのお話しに出てくる人たちと同じ名前だね!」
すごい偶然!と付け足し、何かを思い出したようにまた話す。
「あ、けど私の舞は舞妓の舞だよ!」
言いたい事は話終えたのか、手を大きく振りながら別れの言葉を叫ぶ。
私は、それを見ながらさっきの少女について思い出す。
「そうか、お前はもう魔性じゃないんだね。 」
通りで気付けなかったわけだ。
それにしても、魔梨沙め。今更私に会いたくなったのか。
だが、あの少女が魔梨沙の記憶を見る事はないだろう。
願いはもう、叶えられたのだから。
これは、私と魔理沙の物語。
同時に、魔梨沙の願いの結末を綴った物語。
あったかもしれないし、なかったかもしれない
人間と鬼の恋物語。
遠くなっていく舞理沙の背中を見つめながら思いを馳せ、私は先程のノートをめくる。
パラパラとめくっていると、1枚の紙が足元に落ちた。
そこには子供が描いたような絵が描かれており、お世辞にも上手いとは言えなかった。
けど、何故だかその絵から目を離せなかった。
拾い上げてよく見てみると、紙の端に小さく文字が書いてある。
“霊夢さん”
目が離せなかった理由が分かった。
魔理沙は、いつの間にこんなものを描いていたのだろう。
その絵を小さく折り、ポケットに入れる。
空を見ると、ちょうど夕陽が落ちかけているところだった。
私は帽子を深く被り直し、足早に公園を後にした。
明日もまたここで、小さな魔梨沙に物語を話すことになるだろう。
She was determined to see it through to the bitter end
“少女それぞれに願いがあったはず”
コメント
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ちょっと待て…名前の読みを教えるとこ 霊夢が少し驚くのはおかしいな 何人も現れた少女たち、その全てが魔梨沙とは漢字が少し違う名前だったんだから ここは納得すべき場面じゃないか もっとちゃんと読み返すべきだったな…
ストーリーは書きながら考えているので、矛盾しているところもあると思います。 そこの矛盾ばかり見ていると私がはっ倒しに行くので、気にせず読み進めてください。 魔梨沙だけでなく、その後に霊夢の前に現れた少女たちにも それぞれ願いがあったはず。魔理沙自身にも願いがあったはず。 最後まで書いてみてそう思ってしまったため、最後の文を追加しました。