テラーノベル
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美波は小さく息をつき、冷蔵庫の扉を開けた。
中には、パックに入った豚肉と、使いかけの野菜がいくつか残っているだけだった。
(野菜炒めくらいしか作れないわね)
そう心の中で呟き、リビングへ向かって声をかける。
「野菜炒めで良い?」
返事はない。
美波は首を傾げ、もう一度少し大きな声で尋ねた。
「ねえ? 聞いてる?」
それでも沈黙は続く。
苛立ちを抑えながら、さらに言葉を重ねた。
「野菜炒めで良いかって聞いてんだけど?
何とか言ったら──」
その瞬間だった。
鋭い衝撃が腰を貫く。
「うっ・・・」
経験したことのない激痛が全身を駆け巡り、美波はその場にうずくまった。
(な、何・・・この痛み)
震える手で腰を押さえると、手のひらに広がる温かい感触が伝わってくる。
恐る恐る目を向けると、そこには大量の鮮血がべっとりと付着していた。
「な、何よこれ・・・」
激しい痛みに耐えきれず、美波はその場へ崩れ落ちる。
「う・・うぐぅ・・・」
背後から荒い呼吸が聞こえた。
男は血が付いた包丁を握り締め、美波を見下ろしている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
そして吐き捨てるように叫んだ。
「てめーが悪いんだぞ!」
美波は苦しそうに顔を上げる。
「ア、アンタ!」
男の目には狂気が宿っていた。
「どいつもこいつも俺の事見下しやがってよ」
さらに声を荒らげる。
「殺してやるよ!てめーだけじゃねーそ!
あの娘もまとめて殺してやるよ!」
その言葉を聞いた瞬間、美波の表情が凍り付く。
「やめて! 佳苗だけは!」
男は怒鳴り返した。
「うるせー!」
佳苗の名を口にした途端、美波の体に最後の力が戻る。
娘だけは守らなければならない。
その一心で男へ向かって踏み出した。
「佳苗には手出ししないで」
男は包丁を振り上げ、叫ぶ。
「死ね!! クソ!!」
刃が何度も振り下ろされる。
鈍い音が部屋に響き、美波は苦しそうに息を漏らした。
「がはっ!」
男はなおも叫び続ける。
「死ね! 死ね! 死ね!」
刃は容赦なく振るわれ、美波の体は次第に力を失っていく。
やがて男は荒い息を吐きながら立ち尽くした。
「はぁ、はぁ、はぁ」
その足元には、すでに息絶えた美波が静かに横たわっていた。
瞳はもう何も映していない。
男はその姿を見下ろし、口元を歪める。
「へへへ・・・ざまぁみろ」
そして吐き捨てるように言った。
「俺を見下した罰だよ」
男は黙ったまま、美波の亡骸を見つめる。
「まぁ、最期くらい頼み聞いてやるか」
その日の深夜。
佳苗は小さく身じろぎすると、ゆっくりと目を覚ました。
「う、うー・・・ん」
眠そうに目をこすりながら、寝室を出てリビングへ向かう。
「お母さん?」
返事はない。
首をかしげながら部屋を見渡す。
「あれ? お母さん?」
しかし、そこに美波の姿はどこにもなかった。
(どっか行ったのかな?)
幼い佳苗は不思議そうに辺りを見回す。
その時、テーブルの上に一枚の置き手紙があることに気づいた。
「ん?何?コレ?」
小さな手で紙を持ち上げる。
そこには、子どもでも読めるような優しい文字で書かれていた。
『お母さんは佳苗が好きな
おかしを買いに行って来ます。
すぐに戻るから、良い子にして
おるすばんしとくように』
佳苗の表情がぱっと明るくなる。
「え!? お菓子!?」
わぁーい!
やったぁー!!」
嬉しそうにその場で飛び跳ねる。
「おっかし〜♬おっかし〜♬食べきれないおっかし〜♬
いっぱいいっぱい食べるぞおっかし〜♬」
無邪気な歌声が静かな部屋に響く。
けれど、その約束が守られることはなかった。
どれだけ時間が過ぎても、美波が帰ってくることはない。
窓の外からは、何度目か忘れてしまった、夜明けの光が部屋へ差し込む。
佳苗はソファに座ったまま、玄関を見つめ続けていた。
「お母さん・・帰って来てよ・・」
声は次第に震え、小さくかすれていく。
「私・・お利口に
お留守番・・・出来てるよ」
約束どおり、ちゃんと待っていた。
泣かずに、騒がずに。
玄関を見つめたまま、もう一度小さく呟く。
「お・・か・・・」
言葉は最後まで続かなかった。
部屋には、静寂だけが残っていた。
コメント
1件
×××さん、こんばんは〜!美月ゆめかです🌸 第16話読み終えたよ…。うわぁ…衝撃がすごすぎて言葉が出ない😭美波さんが佳苗ちゃんを守ろうとしてあんなことに…しかも最後の置き手紙、めっちゃ泣ける…「お菓子買いに行く」って嘘で、佳苗ちゃんは無邪気に待ってるだけなのが切なすぎるよ…🥺💔 このエピソード、美波さんの「母親としての強さ」と「佳苗の無垢さ」の対比が痛すぎて胸がギュッとした…次回どうなるのか気になりすぎる!続き楽しみにしてるねっ✨
明花永(あかな)
12
#普通
野々さくら
202
ドラゴン店長
30