「はじめまして。平野です。よろしくお願いします」
男性のリーダー、平野さんが名刺を渡してくれた。
続いて
「藤田です。よろしくお願いいたします」
藤田さんも名刺を渡してくれた。
「九条です。よろしくお願いいたします」
頭を下げる。
「どうぞ皆さん、座ってください」
亜蘭さんが声をかけてくれ、皆、着席をする。
「ベガの責任者は二人です。うちの会社はリーダーを二人配置するようにしています。一人で負担を抱え込まないように。また、スタッフの配慮として、何かあった時に相談しやすいよう男女各一人ずつリーダーをつけています」
亜蘭さんが説明してくれた。
私が働いていた会社は、各役職一人ずつだったし、男性の上司には言いにくいこともあって……。
何と言うか、あの加賀宮さんからは想像できないようなちゃんとした従業員への配慮。
「《《九条さん》》も、何かあったらリーダーへ相談するようにしてください」
「はい。わかりました」
亜蘭さん、加賀宮さんと居る時とか、二人の時は下の名前《美月さん》って呼んでくれるのに、今はしっかりと九条という苗字だった。
そんなことをふと思っていた時――。
<トントントン>
ノックの音が聞こえ
「失礼します」
整った顔立ち、メガネで隠れているけれど、瞳が大きくて、だけどどこか鋭くて……。ライトブラウンの髪の毛はワックスで固められていて、グレーのスーツはシワ一つない――。
加賀宮さんだ。
「お疲れ様です」
皆一声に立ち上がるものだから、私もマネして
「お疲れ様です」
そう声をかけた。
「お疲れ様です。遅くなってすみません。前の打ち合わせが押してしまって……。どうぞ、おかけください」
物腰の低そうな、《《優しそうな》》雰囲気。とても《《あんなこと》》するような人とは思えない。
「今日は軽い打ち合わせをさせていただこうと思いまして。改めまして、よろしくお願いします」
彼は視線を私に合わせた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
なんか、変な感じ。
その後は、加賀宮さんがベガ《カフェ》のコンセプトやこれからの私の役割について説明してくれた。
「――。しばらくは客層、お店の雰囲気などを見学していただければと思います。その後は、《《九条》》さんには申し訳ないんですが、夜間の空いている時にキッチンを実際に使い、メニューを試作、発表という流れで進めて行きたいと考えています。新メニューについては急いではおりませんので、ご負担のかからないよう考案いただければと……」
加賀宮さんの微笑みに、私は眉間にシワを寄せてしまいそうだったが、なんとか演技をして乗り切る。
でも……。
いつも美月って呼ばれているのに、彼に九条さんって呼ばれるの、なんかイヤだな。九条さんってなんか、他人行儀だし。まぁ、彼とは他人なんだから、当たり前だよね。これは仕事だし……。
「以上になりますが、何かご質問などはありますか?」
加賀宮さんは少し首を傾けた。
そんな動作も彼の素を知らなかったら<素敵!>だと思ってしまいそう。
「いえ。ありません。ありがとうございます」
「では、これからベガへ移動をして……」
あっ。一応、現場に行く前に見せた方が良いよね。
私はバッグの中から自分なりにまとめた資料を取り出し、提示した。
「加賀宮社長、御社のホームページなどを拝見させていただき、メニューについてはいくつか考えてきたものがあります。使用する食材、カロリー計算、作業工程など簡単にはなってしまいますが、まとめてきました。申し訳ございません。私、パソコンが苦手で……。全て手書きになってお見苦しい点もあるのですが……」
そう伝えたが、パソコンが苦手なわけではない。
自宅には私が使って良いパソコンやタブレットがない。
孝介に買ってほしいとも言えなかった。
漫画喫茶とか……。考えたけど、孝介《あの人》が工面してくれるわけなかった。
相談したけど
<お前、調子に乗るなよ。メニューができたら、はい、さよなら。の一回だけの依頼だろ。九条グループと親密になりたいから、加賀宮さんもお前なんか雇ってくれたわけで。もしそういうの使いたいなら、加賀宮さんに頼めよ。無駄な出費になるだけだし、俺は出さないよ>
予想はしていたが、私の頼みを聞いてくれるわけなかった。
加賀宮さんはメガネの奥で一瞬、目を見開いた。
<加賀宮社長>などと呼んだからだろうか。
私も呼んでみて、なんか気持ち悪かったけど、馴れ馴れしくするのも間違っている気がしたから。あくまでこれはビジネスだし。
しかしすぐにパッと彼は微笑み
「ありがとうございます。ぜひ、拝見させていただきます」
私が提示したノートに目を通してくれている。
心の中の本音は、どう思ってるんだろう。
「……。素晴らしいですね。事前にここまで調べてくださり、ありがとうございます。こちらのノート、一旦お預かりして、データを取っても良いですか?共有したいので」
「はい。もちろんです」
そうだよね、データだったら印刷とか簡単にできるのに。
誰かの雑務、増やしちゃったかな。
その後、実際にベガ《カフェ》へ移動して、店内の説明を受けることになった。
「九条さんは、私と一緒の車で移動をするので。平野リーダーと藤田リーダーは、先にベガへ向かってください」
加賀宮さんと一緒の車なんだ。
「はい、わかりました」
失礼しますと、二人は部屋から出て行った。
私と加賀宮さん、亜蘭さんと三人だけの空間になる。
亜蘭さんは二人を見送り、私たちが居る部屋のカギをかけた。
それを確認した加賀宮さんは――。
ネクタイを緩め
「亜蘭。休憩した後、美月は俺がベガに連れて行くから」
私にとっては《《いつもの》》加賀宮さんに戻った。
「はい。わかりました。《《休憩》》はほどほどにしてくださいね?」
休憩って……。
なんか嫌な予感がする。
言われるがまま、亜蘭さんと別れ、加賀宮さんの後をついて行く。
「あのっ、休憩って……」
「とりあえず、社長室に行くから」
しばらく歩き、とある一室の前で、加賀宮さんがカードキーをかざした。
彼に続き、一歩入る。
プライベートオフィスと同じ雰囲気だった。
大きなデスクにソファ。とてもシンプル。
「美月」
「えっ?」
名前を呼ばれたのと同時に手を引かれた。
そして――。
気がついたらソファーの上に押し倒されていた。
またこのパターン!?
「ちょっと!待って。今、仕事ちゅ……」
私の言葉は彼の唇によって塞がれる。
「んっ……」
こんなところで何をしているんだろう。
唇が離れたタイミングで
「ねぇ!もし見られたら……」
そう伝えるも
「俺がそんなミスすると思う?オートロックだし、カギは俺と亜蘭しか持っていない。今は休憩中」
「休憩中って……。ちょっと!」
上に乗っている彼を押し退けようとするも、力では敵わない。
「んっ……」
再び唇と唇が触れた。
こんなところで、何してるんだろ。
でも……。
どうしよう。不思議と嫌じゃない。
私が彼に慣れたから?
唇が離れ、上に居る彼と視線が合う。
「あー。疲れた。ちょっと本気で休憩」
彼は覆いかぶさるように私に体重を預けた。
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